ゴリラ黙示録

ガンダムが好きな人はたぶん「全員がアムロ・レイみたいなエースになろう」という話はしないと思うけれど、ゴリラの巣ではみんながトップセールスになろう、と言う言葉を聞く。何かを売る仕事をやっていた人なら何度も聞いたことがある言葉だと思う。

僕がプリセールスをやっていた時に「全員がエースになろう」という言葉にうんざりしていた。エースになろうと旗振り役を務めるのはまあ、だいたいセールスとしての成績が優れていたゴリラたち。

 軍隊で士官とそれ以外がはっきり区別されているように、兵隊としての優秀さと全体のマネジメントを行う士官とは求められる能力が異なっている。個体として圧倒的な性能があるから、有象無象の集団を組織へとまとめ上げることができるかといえば否であり、山賊みたいなスーパー蛮族の集団だったりしたら、また違うのかもしれないけど一般社会では力があるだけで無条件に尊敬を得ることはできない。管理職として尊敬を集めるためには細かな仕事を計画して割り振る能力、いざという時に正面にでて責任をとってくれるだけの度量、人間的な魅力などが必要な要素であるように思う。

セールスの仕事でよくあることなのだけど、できる人たちは概ねできない人たちの気持ちがわからない。たぶん、できないということが想像の外にあるんだと思う。もしくは苦労してその地位に上り詰めたことで、変な補正がかかって努力を必要以上に美化しているのかもしれない。

 僕がかつて在籍していたメーカー系商社のゴリラの巣は、役職者になって適切なマネジメントができず、焦りからパワハラをして消えていくゴリラが多かった。そうしたゴリラたちがテンプレのように朝礼で「全員がエースになれば予算を達成できる」と言った。月末や四半期のチェックポイントが近づいてくると、会議室に予算未達の人間を集めて、「お前らやる気が足りてんのか?給与もらっていて申し訳ないと思わんのか?俺たちはプロやぞ?学生のアマチュアじゃねえんだ!そこらへんわかってんのか!?」とバンバン机を叩きながら、1時間単位の詰めを受けた。これでも一応、学生が入りたい企業ランキングに掲載されている企業なのに。怒り狂ったハルクみてえだと思った記憶がある。

 またゴリラたちはきらきらした再現性のない案件が大好きで、奇跡みたいな案件事例を見せて「お前らもこれに続け。わかってんのか?」とクソみたいな会議を開いた。

 もちろんまったく効果はなかった。僕がゴリラの巣を去る2年ほど前、ウィリアム・ハルゼーみたいなスーパーゴリラがやってきて、一時的にではあるのだけど全員の成績をあげた。理由はそのゴリラは本社に強いコネがあって、数字を出した人間の給与をあげたらからだ。スーパーゴリラがやって来てそれで全員が幸せになったわけではないし、役職を得てそのあと人生が転落してしまった人もいるけれど、雑な標語と詰めで得られなかった成果を出したのは、やっぱり目に見えてわかりやすい魅力的なエサだった。そのスーパーゴリラはできる人間でありながら、自分の才能は人には真似できないものとわかっていて、そのうえで狡く予算達成できそうな商材を選んで、それを部下に徹底させた。人間的には女性にだらしなく、酒にだらしなく、痛風でどうしようもない屑だったけれど、わかりやすい目標を提示することができる人だった。ふわっとした目標に突き進む若い人たちを見るたびに、わかりやすい目標を設定して、それを目指した方が人間は頑張れると思うよと言いたくなる。