秒速3.5レントゲン

 HBOドラマの『チェルノブイリTwitterで話題になっていて、ついつい先が気になり、いつの間にか無料期間が終わっており、スターチャンネルに契約をしていました。これが大人の戦い方。ホンマに大人は汚い。そういうズルさ俺も見習いたい。

 お金を払ったからには元を取らないと死んでも死にきれないので、一話から三話まで字幕で見たあと、通勤のスキマ時間に吹き替え版を見ています。『チェルノブイリ』は視聴することで何一つ明るい気持ちになる要素がないすごいドラマです。

 第一話の初っ端で事故って原子炉が爆発するも、所長はその事実を認められず「ば、爆発したのは原子炉じゃない! タンクだ! タンク!」とめっちゃヒステリックに言い、みんなを地獄に引きずり込んでいきますが、彼だけが最悪ではなくてプリピャチ市の偉い人たちも「ソ連上層部が大丈夫言うてるんだから、きっと大丈夫や。お前らソ連を信じろ。ソ連の人民の力が事故を救う(要約)」みたいな正常性バイアスをバリバリに発揮しているなか、爆発現場に駆けつけた消防士の人たちや、すごい爆発があったからと団地の外に出ていた市民たちが凄まじい勢いで被曝していきます。

 これだけで無になる要素がたくさんなんですが、「3.5レントゲンだから被曝しても大丈夫だからお前ら様子を見に行ってこいや」と所長に命令されて、原子炉を見に行った技師の人が軒並み死にます。これでもドラマなので、たぶん見れるレベルなんでしょうけど、秒速で人が紫色になって死んでいきます。とても気持ちがモニョモニョします。

 特に「うおおお!」と言いながら、原子炉に通じる分厚い鉛の扉を開けて、原子炉を見るとそこには放射性物質を撒き散らしながら燃えている炉心があるわけです。

 昔、Fallout3でどれだけ原子炉に近づけるかというチャレンジをやったのですが、対被曝の装備でも秒速で死んだことを覚えています。原子力やべえなと思ったものです。放射線の前には人間無力。ヒト消える。

 勿論、原子炉を直接目視確認して、一番被曝してしまった技師の人は鉛の扉を閉じたあと亡くなってしまいます。後々のエピソードで語られる人たちのことを思うと、彼はまだマシな方なのかもしれませんが、それでも誰かを助けたいという意思で動いて、亡くなった人のことを思うと無になります。

 技師の人たちがてんやわんやしているなか、事態はモスクワに伝わりゴルバチョフ書記長のもと、対策会議が開かれますが、「まあ、大丈夫なんじゃないですか」みたいなペースで会議が進むも、核物理学者のヴァレリー・レガソフというおっさんが「めっちゃ酷い被害が出るから、もうちょっとちゃんと対策しないと詰む」みたいな話をします。

 レガソフがあまりにも悲観的なことを、自分の担当領域で言うのでボリス・シチェルビナという政治家のおっさんはちょっとイラッとしますが、ものすごくヤバい現場を自分の目で見ます。訪問した現場では正確な線量計が幾つなのかわかりません。この時点で既にだめで「機械が故障してるんだろ」とみんな言います。ですがレガソフはそれは手持ちの機器で計測できる上限値を遥かに超えているからだと言います。ただ計測を行くだけでもめちゃくちゃ危険なミッションなので、派遣されている軍の総責任者であるピカロフ自らトラックを運転して計測しに行ったら信じられないぐらい高い値が出て、現実と向き合うようになります。値は広島型原爆の何倍もの数値です。詳しい値は実際にドラマ見てください。ぶっちゃけ引きます。

 ドラマの『チェルノブイリ』では女性の科学者が出てきて、なんかこういい感じに「ヤバい。もっとみんな危機感持って!」とソ連の人たちに言ってくれますが、この人は実在の人物ではありません。え、じゃあ、現実はもっとグダグダしていてひどかったの……。教えて……。

 そんな八方塞がりの状況でもレガソフとボリスは冷静にこの事故を見つめ対処していきますが、そんな二人にも誤算がありました、核燃料の冷却用プールが空になっていると思っていましたが、消防士の人たちが消火するさいに大量の水を放水しており、地下には大量の水が溜まっていました。水を抜かないと溶けた燃料と接触した瞬間、水蒸気爆発して文字通りチェルノブイリは地上から消えます。放射性物質を撒き散らして。避難すら満足にできていない状態でそうなると本格的に投了なので、レガソフとボリスは非番だった技師たちを集めて「手動で放水を行ってくれ」と言います。高濃度の放射性物質で汚染された水に浸かって、作業を行うということは死んでくれというようなものです。

 まったく救いもなければ、盛り上がるシーンでもなく、かろうじてドラマとして仕立ていますが、現実はどうだったんしょうか。わからん。なんもわからん。ただ、技師たちの命がけの試みは成功し、最悪の事態を回避することに成功しますが、あれこれ時間をかけているあいだに北欧に放射性物質の拡散を探知され、アメリカの軍事衛星に燃え盛るチェルノブイリを撮影されてしまい、ソ連の国威は底値になります。

 なのでゴルバチョフ書記長も「ええか? お前ら事態を沈静化させるんやぞ」とゴリラの巣の人たちの激詰めのようにみんなに言います。

 ですが、どうにかできるなら、現場で死んでいった人たちもどうにかしていますし、彼らもどうにかしたくて命を賭けていきました。みんな死にたくて死んだわけじゃなくて、誰かを守りたかった。ソ連とか抽象的な存在じゃなくて、友達とか恋人とか家族とか。そういう具体的なものを。でもどうにもならなかったんや。そこをわかってくれと言うようにレガソフは半分キレ気味です。まあわかる。俺がレガソフで怒りを抑えられるかどうかわからん。

 物語は並行するように初動で駆けつけた消防士とその妻にスポットライトがあたります。被曝してモスクワの病院へと運び込まれた消防士たちは隔離されています。でも、身内としてはどうにかしてお見舞いに行きたいもので、賄賂を包ませて妻はどうにかして、旦那のいる病棟に入ります。面会前に「30分だけ、接触したらだめ」と言われているも関わらず。妻は妊娠しているにも関わらず、被曝した夫とキスをしてハグをします。それが決定的な破滅へと向かっているということも知らず。時間は流れるように進み、消防士たちは体中が放射線に蝕まれ、モルヒネすら効かない生き地獄を味わった末に亡くなります。東海村JCO臨界事故のようでやるせなさがありますね。

 消防士たちが埋葬されるのも金属製の棺で念入りにバーナーで溶接されたあと、コンクリートを流し込まれ放射性汚染物質として扱われるのです。人の死じゃねえよな。遺族のことを思うとつらい。

 でもソ連には彼らの死を悲しんでいる暇なんてありません。さまざまな計画を同時進行させないと、事態は沈静化させることができないため、炭鉱夫やら近くの街にいる市民(男性)を軍隊で徴用していきます。きっと、この人たちも溶けるんだろうなという想像で第三話は終わります。

 何一つ見ていて明るい気持ちになれない『チェルノブイリ』ですが、誰かを助けたいと思い、泣きながら消えていった、名もなき誰かがそこにいたことを、僕らは知っておくべきなんだろうなと思います。

 ただし、心が底値の状態で見ると秒でつらくなるドラマなので、比較的、心に余裕がある時の視聴をオススメします。死にたくなる。無。酒が飲みたい。