チェルノブイリ第四話感想

 HBO『チェルノブイリ』第四話が公開されました。

 物語の視点は夫を喪失した喪失感に打ちひしがれる消防士の妻と、汚染地域に残されたペットたちを淡々と屠殺してコンクリートに埋めていく任務につく徴兵された兵士、チェルノブイリで陣頭指揮を取るレガソフとボリスの視点で物語が進んでいきます。

 消防士の妻が流産するのも現実にあったことです。高線量の被曝をした人というか、高濃度の放射線を浴びると物質そのものが、放射性廃棄物になってしまいます。

 間接的に放射線廃棄物になってしまった者(物)に触れることで被曝してしまうのも道理なのですが、人間はロジックだけで動いていません。僕らは誰しもがお気持ちベースで生きているので、ガンガン被曝するのは理性として理解できますが、やっぱり無事なパートナーと面会すると、接触したくなるのが人というもの。

 第三話で看護師の人にあれだけ注意されていたツケを彼女は払うことになったのです。身に宿していた子供の命で。彼女の被曝をすべて子供が吸収し、母体を守りきったのです。

 それで彼女が救われるかというとそうではなくて、産婦人科のベッドのうえで彼女は眠るものがいなくなってしまった赤ん坊用のベッドを見て声を押し殺して泣きます。

 亡き夫のあいだにもうけた愛おしい子供は放射線の影響を受けて亡くなりました。自分のせいで。彼女は愚かな自分を責めながら泣きます。でも誰も彼女を責めることはできません。僕も彼女と同じ立場なら選択をしてしまうかもしれません。

 登場人物の感情を考えると仕方ないことなのかもしれないですが、こうして物語として映像化されるとかなりつらい。きっと同じように泣いていった女の人たちが大勢いたんでしょう。悲しい。いつも辛いことだけ現実になる。無。

 流れるように駐車場係をやっていた青年も軍に徴兵されて、プリピャチ地域に取り残されたペットたちを銃で射殺してコンクリートに埋めていく仕事をします。

 当然ながら命を奪うという行為を彼はしたことがないので、人になついているペットたちを前にして怖じ気づいてしまいます。それが必要なこととはいえ、心を殺して淡々と仕事ができるほど人間は上手くできていません。ノイローゼになりながら彼は仕事をしていきます。先輩の兵士に怒られながら、それでもこの任務に意味があると信じて。トラックいっぱいに積載されたペットの死骸を見る彼の目からは光が消えていました。彼の心がガリガリすり減っては行くものの、後に語られる人々に比べると幾らかマシな任務に彼は割当られたのかもしれません。もっとも、彼が抱える痛みは生涯癒えることなく残り続けるでしょうが。つらいね。苦しい。でも彼の任務は必要な仕事でした。そう思わないとやっていられない。

 一市民たちの悲劇が描かれたあとに、チェルノブイリの大きな問題にスポットライトがあたります。ソ連の人民が涙を流しているあいだも、チェルノブイリの問題は何一つ解決していません。核廃棄物を放出し続ける炉心を一刻も早く封印する必要があります。石棺を作って。覆う必要があります。ですが石棺を作ってチェルノブイリを封印しようにも、第一話でめちゃくちゃ凄まじい爆発で建屋のうえに飛び散った高濃度の放射線を出し続ける黒鉛をどうにかしなければなりません。

 なぜなら、それらは凄まじい放射線を放っていて、まともに仕事をすると人が文字通り溶けて死ぬからです。

 幸いにして2つの建屋に乗っていた黒鉛は宇宙開発ロボットを使用することでどうにか問題を解決しました。レガソフが嬉しそうに笑うのを見てボリスが言います

「レガソフ嬉しそうだな」

 原子力の怖さを知っているが故にレガソフは現場にこれ以上の犠牲を払いたくなかったのです。2つの建屋の黒鉛を宇宙開発ロボットで落として問題を解決していると、一番大きな問題がレガソフとボリスのあいだに立ちはだかってきました。先程までの建屋に乗っていた黒鉛は毎秒2000レントゲンという比較的常識的な値でしたが(それでも充分に人は死ぬんだけど)、残された建屋に飛び散った黒鉛は毎秒12000レントゲンという、本当にちょっと作業しただけで死ぬ値を出し続けています。

 12000レントゲンとか単位がおかしすぎてわからん。なんや。ドラゴンボールか? 単位がインフレし過ぎやろ……。おかしい。

 人間を投入すると瞬間で溶けるので、どうにかこうにか頑張って西ドイツから宇宙開発ロボットを輸入して、ヘリで空中から降ろして使い初め動作確認をしますが、前進後進を確認すると秒で電気回路が焼ききれて立派なガラクタになりました。

 ああ、なんや……。これ宇宙開発ロボットですらだめなのか……と現場の人たちの期待が秒で失望に変わりました。もうお通夜ムードで全員がめちゃくちゃ暗い気持ちになります。

 視聴者たちの感情を代弁するようにボリスはバチクソキレます。

ゴルバチョフのクソ野郎ちゃんとした値を伝えてねえじゃねえか! 建前の数値で作業ができるわけねーだろボケが!(要約)」

 あまりに怒りが爆発し過ぎてボリスが電話を放り投げて破壊します。気持ちものすごくわかる。俺でも電話機破壊する。

 もう国の体裁とかそういうの気にするレベルの話じゃなくて、ユーラシアが滅ぶかどうかの問題になっているのに、見えないものを見ようとして望遠鏡を覗き込んだら地獄があった。無になります。ボリスは深い闇に飲まれないように精一杯でした。午前二時の踏切に君はやってこなかった。無。こんなに見ていて無になるドラマはなかなかない。しかもこれある程度実話で、たぶん見れる箇所だけピックアップしていこれ。現実どうだったんだろうなという気持ちになります。本買って読んでみよう……。

 チェルノブイリの事故が起こった当初は他人事だったボリスも、事故で大勢の人間が溶けていったのを目撃してきているので、「事故なんてないよ(笑)」と世界に取り繕うソ連上層部に対して本当にやり場のない気持ちをぶつけます。

 でも、怒ったところで問題が沈静化するわけでもなく、解決するわけでもありません。怒るボリスとは対称的にレガソフは冷静に言います。

バイオロボットを投入しましょう」

 そう言うレガソフの声は酷く冷たく、そして絶望を含んでいました。自分の言うことがベストだとは思ってもいなく、悪魔に魂を引き渡すということをレガソフは知っていました。彼の言うバイオロボットとは人間を投入するということなのですから。

 これ以上誰も死なせたくなければ、これ以上誰かが苦しむのも見たくなかった。みんなを守りたいという気持ちのあいだで揺れながらもレガソフは現実と折り合いをつけて、少数の犠牲を払ってでも問題を沈静化する方向を選択します。

 それが地獄への片道切符だとしても、誰かが判断をして責任を取って事態を沈静化しなければいけなかった。この問題をレガソフはどうにかしなければいけなかったのです。苦しい。つらい。誰かの人生を溶かす決断を下すのは本当につらい。

 レガソフの提案でバイオロボット部隊は編成されます。建前は志願者となっていますが、どこまで志願者だったのか僕らに知るすべはありません。全身を覆うラバースーツと、胸や股間など重要な部分を鉛のプレートで体の要所を守ります。それがどれだけ通用するのか僕にはわかりません。毎秒12000レントゲンの前では気休め程度でしかないことだけはわかります。

 彼らは屋上へと上がると息を一瞬吸い込んでから疾走し、90秒間だけスコップを持って黒鉛を落とします。落としたら全力疾走で屋上をあとにして、次のシフトのメンバーに仕事を引き継ぎます。ただそれだけ。でも人生で一番長い90秒です。間違いなく世界で一番長い90秒だと僕は思います。文字通り命を賭けて彼らは戦いへと挑みます。彼らが原子力の驚異を本当に意味で理解していのかわかりません。でも、きっと彼らにも守りたい人たちがいて、大切な存在があったのだと思います。ソ連とかそういう抽象的なものではなく、彼らが想う人たちのために。

 人生で一番長い90秒間を終えた彼らへとソ連軍の偉い人は言います。

「諸君らの健康を祈って」

 それが社交辞令に過ぎないことはたぶん、彼らも理解していたと思います。彼らがどうなったのか、語られず第四話は終わります。あれだけの線量を浴びたらきっと無事ではないでしょう。僕らの見えないところで彼らも涙を流し、声をあげることができずにモルヒネすら効かない苦しみを味わって消えていったのでしょう。初動で駆けつけた消防士のように。でも、それでも、守りたいものがあったのです。救いたいものがきっとあったんだと思います。ソ連なんて抽象的な存在ではなくて、もっと身近な顔の見える誰かを。助かった。守りたかった。救いたかった。

 そうしたことがほんの30年ちょっと前にあったことを僕らは覚えておく必要があるのだと思います。名もなき誰かの勇気と、涙に敬意を払って。

 ありがとう。事態の沈静化に命をかけた人々を僕は称えたい。そうした人の血と涙があって、いまこの世界があることを忘れずにいたい。それが僕らの責任だろうから。あなたのおかげでいまこの世界はあります。この世界がどれだけ地獄だとしても。あなたたちはたしかに世界を守り抜いた。