ゴリラとアヴェンジャー

※これは実話ではなく同人誌『フォロー・ザ・サン』の後日談的な話です。

 

「今年度分の対艦ミサイル全部使っちまったから今日から深海棲艦はガンキルな」
 朝のブリーフィングでバッカスがそう言った。やけにイライラした口調だったのは前日の夜、パチンコでお金を溶かしたからだろう。

「俺にはでっかい氷山が見えるんだ」とタイタニック号の見張りのようなことを言いながら、俺の隣の台でバッカスが10万円溶かしたことを俺は覚えている。バッカスの財布は沈んだ。タイタニック号のように。
「ガンキルは構わないんですが、F-35の機銃程度じゃあ深海棲艦に致命的なダメージ与えられんでしょう? そこらへん上はどう考えているんですか?」
 出来るだけバッカスを刺激しないよう、副隊長のジンが質問をする。バッカスに同調しつつ、聞くべきことは聞く。人たらしの才能があるジンならではの上手い質問の仕方と声のトーンだった。
「ああ、それだけどな。お前らA-10って知ってるか?」
 全員が頷いた。戦闘機乗りをやっていてA-10を知らないやつなんていないだろう。タバスコ瓶ほどの砲弾をバリバリとばら撒き、戦車を文字通り粉砕する。元々、ワルシャワ条約機構機甲師団を想定して作られた対地攻撃専門の機体だ。対地攻撃にパラメータを全振りした機体なので、運用できるのは航空優勢が維持できるアメリカ空軍だけしかない。
 なんとなくバッカスが何を言わんとしているのか理解できた。ここで言われてバッカスが何を言いたいのか理解できないやつはパイロットとしての素質が皆無なので戦闘機を降りてほしい。俺との約束だ。
 嫌な予感ほどよく当たる。おい、セカンドお前が聞けよ、と後ろに座るマッシュにボールペンで突かれる。
「質問なんですが」
「おう、なんだセカンド」
「アヴェンジャーってF-35に搭載可能なんですか?」
「あー、それな。いい質問だ。岐阜とアメリカ空軍の方でな、F-35用にガンポッド作っていたんだわ。現物がなハンガーに到着して整備班が調整してるから見に行くか」
 学校の帰りにちょっとマックで飯でも食うか、ぐらいの気軽さでバッカスは言った。もうお腹一杯っス! マジ限界っス! と言えないのが軍隊のつらいところだ。カラスが白いと言われればカラスは白いのである。

 戦闘機乗りとはゴリラたちの集まりだ。ウホウホ。ゴリラたちの群れにいると人語を忘れてしまう。物理と数学はパイロットにとって必須なのだけど。仕方ない。許してほしい。飛行機が空を飛ぶのは根性で飛ぶのだ。揚力で飛ぶのではない。覚えておいてほしい。

 そういえば航空祭で「1フィートって何メートルなんですか?」と子供に聞かれて黙ってしまったことがあった。1フィートは1フィートなんだ。わかってほしい。1フィートは1フィートなんだよ。
 話が脱線したがアヴェンジャーを使う以上は現物を見ないとどうにもイメージができないので、飛行隊のみんなでハンガーへと足を運ぶことになった。ハンガーの一角にはめちゃくちゃデカい、ステルス性をあまり考えていないようなガンポッドが置いてあった。夕張さんが開発に関わったらしく、書類には独特なサインが書かれていた。え、夕張さん……これなんでボツにしなかったんですか……と思ってしまった。忙しそうに整備兵たちがタバスコ瓶のような砲弾を給弾しているところを見ると、これから実弾を持ったまま哨戒任務に出るらしい。バッカスが言った。
「おう、お前らな、めちゃくちゃラッキーだぞ。F-35で深海棲艦をガンキルした初めての部隊として名を残せるんだからな」
 ありえねー。実弾射撃訓練しないでそのまま出撃とかアニメやゲームじゃねーか。そう思っても下っ端は何も言えない。一応は自分も士官なのだけど、士官の中で少尉は芋虫なので、天上人である部隊長であるバッカスには何も言えない。ちゅらい。「お前これからマンションに戸建てのポスティングして来い」そんな声がバッカスには似合う。空軍を定年退職したらワンルームマンションをエリサーに売る仕事をしてほしい。
 バッカスの言葉があまりにも衝撃的過ぎて、その後の記憶が曖昧だった。気がついたらF-35に乗っていて日本海上空にいてスネークダンス(蛇行)をしていた。頭の片隅にあるアヴェンジャーの発射手順を確認する。よかった。ちゃんと使用方法だけは覚えている。それを忘れていたらすべて終わっていた。ホッと操縦桿を握り直すと、入間からの通信が入ってきた。
「北西20マイル深海棲艦のはぐれ艦隊を確認」
「ウィルコ。アルバトロス1迎撃に向かう」
 バッカスが入間の邀撃管制官に応答する。こういう時だけはまともな士官のフリをする本当にやめてほしい。
「よし聞いたなテメェら深海棲艦をキルしに行くぞ」
 え、マジで? 試射すらしてない機銃を撃つのか……。たぶん編隊の誰しもが同じことを思った。みんなの疑問に答えるようにバッカスが言う。
「最近のガンポッドはよくできているからな、自動照準でターゲットに入るよう敵を撃てば問題ねーぞ」
 問題ないわけがない。これちゃんと岐阜で試験したのかと誰も思った。でも言い返せない。せっかく航学を卒業して念願の人間になって、戦闘機乗りになったのにめちゃくちゃ理不尽だ。そんな話をしているうちに深海棲艦の艦隊が見えて来る。マッハに近い速度で飛んでいると20マイルなんてあっという間だ。
「うっし! 俺がまず手本を見せてやるからな! 俺に続けよ!」
 バッカスが低空へと降りながらアヴェンジャーを掃射する。砲弾がばら撒かれ何隻かの深海棲艦の肉片が吹き飛ぶ。あんな適当に撃っても機銃って当たるんだなという発見がある。まあ戦闘機に比べれば船なんて全部低速だし、どうにかなるのかとすら思えてしまう。

 でも敵も意思があるのでこちらに気付いた深海棲艦が高射砲を撃ってくる。ジン、マッシュはそれらをひらりと回避しながら低空へと降りて、アヴェンジャーを掃射した。砲弾が広い範囲に撒かれたが、それでも二隻の深海棲艦がぶくぶくと海の泡になった。味方が沈められたこともあって、深海棲艦の高射弾幕が一層厚いものになった。この中を降りて機銃掃射するのか……。ありえんと思いながらも機体を降下させて、武装をアヴェンジャーを選択してトリガーを引く。戦闘機が機銃掃射すると音が聞こえてくるまでに若干のタイムラグがある。バルルルルと独特な音が聞こえてきた方向を振り向くと、深海棲艦が穴だらけになって海へと沈んでいくのが見えた。

 やってられん帰ろう。と思いながら機首を立ち上げようとすると10メートル少々降下した。エンジンパワーを最大にして、バッカスたちのあとに続く。空で焦ると死ぬ。絶対に焦ってはいけない。バッカスの声が聞こえてきた。
「あ、そいやな、アヴェンジャーを10秒斉射するとストールするから気をつけろよ」
 そういうことはもっと早く言ってほしい。いま俺は死にかけたんや……。本当にありえねえと思いながら要撃管制官の深海棲艦撃破報告を聞き、基地への帰路へとついた。正直、深海棲艦が死んだとかどうでもいいことだった。対艦ミサイルで深海棲艦を殺したいと思った。心から。ミサイル最高。ミサイル万歳。
 基地に戻るとデブリバッカスに「お前アヴェンジャー撃ちすぎじゃねーか。もうちょい考えて撃て」と叱られた。さらにアヴェンジャーの10秒掃射が空軍でインシデント違反になっていたらしく、偉い人への報告書を書いてスタンプラリーをした。理不尽すぎる。そもそもアヴェンジャーを10秒撃って失速すると知っていたら絶対に撃たない。偉い人に叱られるからとかインシデント違反だとかそういうどうでもいい理由ではなく、自分や他人の命に関わる問題だからだ。スタンプラリーを終えて隊舎を出ると真っ赤な夕焼け空が広がっていた。なに? なんで時間の経過が早いの? 謎……。
 疲労困憊の身体を引きずりながらインプレッサスポーツワゴンに乗って自宅へと帰った。無になりすぎていてどう運転したのかぜんぜんわからない。俺たちは雰囲気で乗り物を運転している。家のリビングでは嵐さんがカレーライスを作っていてくれた。カレーライスに乗せる唐揚げまである。ヤバい……嵐さん結婚しよ……。
「めちゃくちゃげっそりしてるじゃん? 健二なんかつらいことでもあった?」
 嵐さんはこういう時、適切な言葉をかけてくれる。これが姉ちゃんだったらよくわからん質問会が始まる。本当に嵐さんでよかった。
「めちゃくちゃなことばかりだった……なんもいいことがない一日だった……なんなん……」
「カレー食って元気つけよ?」
 嵐さんのカレーライスは死ぬほどうまかった。アヴェンジャーで深海棲艦をぶっ殺しているA-10乗りってすごいと思った。僕には無理です。