なんの成果も得られませんでした。

 キャスターアルトリアがほしい。そんな感情に身を任せて聖晶石を300個ぐらい溶かした。fgoのガチャの撤退の目安は20~30連して出ない場合、あまりよくない乱数に入っている可能性があるように思う。根拠はないけれどガチャの乱数はかなり偏りがある気がする。

 物理媒体のあるガチャは引けば引くほどにお目当ての物が手に入る確率があがっていくけれど、電子媒体のガチャは引いても常に確率が変動することがない。fgoでは天井がないので、1%の確率のものは引く度に1%の確率で計算される。この1%は100回引いても手に入らないこともありえる。実際に僕が聖晶石を300個溶かしてなんの成果も得られませんでした、となってしまったので学問は正しいのだなあと痛みを持って実感した。

 知人で塾講師をしている人が確率の問題を教えるとき、ガチャの話をすると言っていた。引き続けることによって総数が減っていくため確率がアップしていく計算式と、引く度に毎回確率判定が入るパターンを教えるらしい。

 でも人間は100回引けば絶対当たるでしょ、とよくわからん感情に突き動かされるがままガチャをまわして死んでいく。溶かしたのが無料の聖晶石+課金した聖晶石30個だったからまだ人間の形状を保っているけれど、お金をめちゃくちゃ入れてなんの成果も得られませんでしたとなったとき、人は人でいることができるのだろうかと考えてしまう。

 個人的にいくつかの投資をしているけれど、投資をやるとき僕は感情を入れない。もちろん、その投資が妥当であるか判断をしてお金を入れる。損切りラインと、予定価格になったら必ず売るラインを設定し、それを淡々と遵守する。人間は誰しもが馬鹿なので数字が動くと嬉しくなってしまう。戦争と投資は終わらせるのが難しい。

 その判断にをミスして銘柄が消滅して万単位のお金が葉書になってしまうことがある。感情を入れてはいけない。その大原則を守っているからどうにか投資で大損をしていない。

 今日の僕は自分に課している投資の大原則を守ることができず聖晶石を溶かしてしまった。その反省をここに書きしめて自分への戒めとする。

 課金したぶんの聖晶石が残っているのでキャスターアルトリアのガチャは後日回します。ちゅらい。酒が飲みたい。でも断酒中なので酒は飲まない。