哀・覚えていますか

 二年ほど前にゴリラ時代の同期の結婚式へと足を運んだ。奥手なことで知られていた男が勇気を出して結婚へとたどり着いた。実にめでたい式だったことを覚えている。ものすごく余分なことかもしれないが交通費もめちゃくちゃかかった。ここはよく覚えている。安直に結婚式に参加させてもらうよと言った自分を殴りたい気持ちになったのはここだけの話だ。京都に行くよりもお金かかるじゃん。地理が致命的に苦手だとこういうバグがある。切実にセキュリティパッチのリリースが求められている。仕事が色々大変だったし、結婚式に参列する前から限界になりすぎてゼロの酒を飲んで、お金を浮かせるために高速バスに乗った。
 当然のように乗り物酔いになって吐いた。たぶん三回ぐらいゲボった気がする。人間は吐くものがなくなると胃液やらなんやらよくわからん液体を吐くようになる。人はすごい。吐くものがなくなると酔いはおさまる。海軍の人たちが吐いて吐いて吐きまくったら楽になれると言っていたのを実感した。
 吐くものを吐いたが体調は悪い。なぜ俺は前泊をしなかったのか……。そう思ってしまうぐらい翌朝はバッドで最悪だった。駅前の牛丼屋でご飯を食べて、すぐにでも気絶したい体調のまま待ち合わせ場所のバスへと乗り込んだ。
 バスで久しぶりに合った元上司から「次はお前の番だな」的なことを言われた。次があるといいなと思いながらも当たり障りのない言葉を返した。ここらへんの記憶はものすごく曖昧だ。酒が抜けていなかったし、バスに揺られて会場までの道が曲がりくねっていたこともあって最高に気持ち悪い。ブラックブラックだけが救いだった。
 披露宴会場へと到着して同期たちのテーブルに座ると懐かしい顔ぶれがいた。最後に会ってから随分と時間が経過している。こいつら老けたなあと思いながら自分も太ったもんなと思いながら、なんとなく会話をする。会話の内容は大部分が家族についての話だ。
 そういえば僕らはそんな年齢になったのだなと思った。独身である僕と、同期の女性が能面のような笑顔を貼り付けながら話を聞く。メドローアのような場がそこにはあった。アバンストラッシュを打ちたい。
「嫁がな。妊娠するやん? 大変だなと思って弁当作りとか俺が担当するじゃん? 妊娠と育児期間限定じゃなくて、そのままタスクが継続的に以降する。期間限定だからとタスクを詰め込むと死ぬ。夫婦生活にもなバッファをな、持たせなきゃいかんのや」
「もちろん本気で頑張ることは必要や。でも、本当に自分は頑張っているんや、もう限界なんやというアピールこれがないと努力は伝わらん。うちはアピールしても伝わらんけど」
 先人たちが貴重な教えを伝授しようと喋る。その言葉には嘘はないのだろう。なぜならめちゃくちゃ早口だ。それと声のトーンが大きい。計算ずくでここまで喋れるような人間だったら、こいつも社長賞の常連だったのになと思った。
 式が進みスピーチが始まる。偉い人たちがなんとなく人生のためになりそうなことを言う。その中で「夫婦はお互いに言いたいことを言い合うのが大切です」たしかそんなことを言った気がする。一字一句合っているとは言わないが内容はそんな感じのものだ。なぜその言葉を覚えているかというと言葉を聞いた同期(男)たちが笑いながらそれぞれの意見を述べたからだ。
「言いたいことを言っていたら夫婦関係が破綻するんや」
「俺が7割ぐらい我慢することで家庭が円満になっている。そのことを俺は娘たちに言い聞かせている」
 スピーチとかどうでもええやんけと言わんばかりにテーブルでの話が加熱していく。
「付き合い始めは5:5で関係が始まる。時間が経過していくごとにこれが6:4もしくは4:6になる。負担が50パー50パーってことはない」
 彼らが言わんとしていることはなんとなくわかる。パートナーとの人間関係は対等な関係から始まり、どちらかが相手を追いかけるようになる。すくなくとも僕の場合はそうだった。その割合が許容できる範囲ならば問題ないのだけど、負担の割合が1:9や9:1になると大きな終焉がやってきてすべてが無に帰す。ここに例外はない。我慢する側は我慢したことを忘れない。でも、まあ、こいつらは笑いながら話をできているからたぶん大丈夫な気がする。いまのところ毎年送られてくる年賀状も連名だ。
 お小遣い2万円倶楽部会員たちの生活って大変だなと思う反面、誰かと人生をシェアできるというのはある部分では人生に豊かさを与えてくれるのだろうなと思った。結婚生活の話をする時にコスパの概念を持ち出す人がいる。結婚や愛をコスパで語ろうとする人はモテない。たぶん、モテないから悔しくて悔しくて仕方なくてコスパの話をするのだろうと思う。顔を真っ赤にしながら。
 彼らは愛の本質的な概念を理解できていない。愛とは見返りを求めない。結果として何か返ってくることはある。でも、多くは実らずにそのまま終わることの方が多い。実らないとつらいし苦しい。だけど自分から愛を撒かずに愛が返ってくることはない。だから僕らは愛を撒くのだ。実ったらいいなと思いつつ間違えたりしながら。
 スピーチが終わりそうになった時、同期は最後にこう言った。
「結婚生活で譲歩する場面が出てくるやんけ? その時な譲歩のラインは自分で具体的な数値を出してはいけない。絶対に無理をしたラインを出すとお前が死ぬ」
 なるほど、不動産投資の指値のようだ。誠意を見せろと言う時に具体的な金額を言ってはいけないという教えに似ている。結婚難しい。ぜんぜんわからんということだけがわかった。貴重な教えを聞いてこれが役に立つ機会があるのだろうかと考えたりして無になった気分を溶かすように酒を飲んで吐いて、ケーキカットやら記念写真の撮影やらものすごく重要な場面に立ち会えなかったのはいまでも反省しています。申し訳ない。でも酒が美味しいのがいけないんや。ちゅらい。切実に幸せになりたい。最近はちゃんと休肝日を作ってるので許してほしい。グッバイ。

俺たちが地獄だ。

 「だめな人間に惹かれる人間の気持ちがわかない」ネットではなぜかそういう人をよく見る。欠点というのは確かに大きな問題点ではあるのだけど、別の側面から観測すると、時には魅力として見えることがある。そして人はしばしば自分の基準を誤り大地に墜落して死ぬ。ここに男女の性差はない。

 僕を含めて人類は等しく誰しもが馬鹿なので「まだまだ波に乗れる。波を、波を楽しみたいんだ~」と言いながら引き際を失って水底へと引きずり込まれてしまう。ほら、もうすごいサーファーは砂浜にあがって帰り支度をしているというのに……。でも仕方ない。引きずり込まれるか、引きずり込まれないか、その違いは軽い死を経験して戻ってきて反省した経験があるかないかの違いだろう。ここに人間性の真面目さ、人間性のチャラさは関係ない。
 もう一度言うけれど人間はみんな馬鹿なので、自分だけは大丈夫と思っている。俺は俺は死なねー。そう言って僕は株式が文字通りこの世から消滅した経験があるので理解できる。「自分は大丈夫。この人はきっと変わってくれる! だから希望を持つの! 将来のために努力しているって言ってるし!」そう言いながら人類はやっぱり破滅へと向かって突っ走って、ガードレールを貫通して墜落する。自分のことを藤原拓海と思っているのかもしれない。でも、お前は藤原拓海じゃない。池谷先輩なのでそんな技量はない。事故る。努力は口から発せられた言葉ではなく、定量化された数値以外信じてはいけない。
 破滅へと向かって行く人間を止めようとする人々は一定数出てくる。それがどんな関係なのかわからないが、破滅へと向かって行く時、その忠告はものすごく口うるさいものに感じられると思う。そしてロミオとジュリエットみたいなドラマチックな感覚を抱く。でも、その感覚はどこまでいっても感覚なので信じてはいけない。空間識失調に陥った時、唯一信じていいのが計器類であるように。
 人間の気持ちはすぐにバグる。わからん。こいつのこと好きかもしれへん。そう思いながら大部分の人は死なない程度の軽い墜落(死)を経験して次へと進む。

 でも、初手で好きになった人間がゴミだとゴミが基準点になるので基準がバグったままになる。あと、ヤバさ度合いが半端ないと口うるさい忠告をしてくれる人すらいなくなる。なぜなら忠告すると死ぬから。
 そして破滅へと向かって誰かのために頑張っている人間というのは、よくわからないけれど妙な魅力があったりする。この女最高かもしれない。寝てしまおう……。感情に任せて行動して寝ると君が起きた時、ホテルの一室にはガラの悪い男と騙した女がいて「金払えや」と言ってくる。ちゅらい。ついさっきまではあんなに輝いて見えた女が土偶に見える。ハニワ幻人を全滅させてえ。強くそう思うに違いない。だけど、君に強いお友達がいない場合、高い勉強料を払う羽目になる。こんなんだったらソープに行けばよかった。そう思っても過去は変えられないので、殴られないようにするためにはお金を払うしかない。そしてお金を払うともれなく地獄への青春18切符が手に入る。この青春18切符は特急も特別も乗り放題なのであっという間に人は破滅へと向かっていく。誰かを道連れにしながら。でも、どうにもならないんだ。地獄へと向かっている実感はあっても、進む場所がそこしかないのだから。オルフェンズの鉄華団のように。まっすぐ進むしかない。止まるんじゃねえぞ……。
 そして住む世界がハッピーセットな人類がそうしたオルガ(人)を見た時「あの人、ものすごく頑張ってる。自分に真摯ですごい!」みたいな確変が入ることがあったりする。ここは理屈ではなくてセキュリティホールを突いた一種のバグなので、バグを客観視できる環境があるか、それともないか。判定基準はそんなところだ。

 見る世界が異なっていて、それが衝撃的な出会いだと、人間の気持ちは幾らでも確変が入る。そしてバグった気持ちのまま飛行すると墜落して死ぬ。そこが場末か、それともカーストのテッペンかは関係ない。僕はみんな等しく地獄へと落ちる可能性がある。

リミッター解除

Apple Watchを購入してなんだかんだで100日ちょっと過ぎた。運動習慣が根付かなった自分が仮にも運動しているのは、Apple Watchが運動を可視化してくれるからだ。努力を定量化してくれるとあともうちょっとぐらい運動して目標を達成しよう、という気持ちになる。

昔、カレンダーにシールを貼って努力を定量化しようとしたが、どれだけ努力をしたのかはっきりとした数値が出なくて一週間ぐらいシールを貼ってやめた。人間が努力をするために必要なのは◯◯したいという、曖昧な言葉ではなくて毎日◯◯カロリー消費する&トレーニングを◯◯分やるという具体的な目標だった。

Apple Watchはずぼらで運動しなくなりがちな人間のことをよく理解して、システムデザインされているので、目標を達成するとバッジが送られるようになっている。すごくざっくりとした説明をしてしまうと、運動や行動に応じてPSのトロフィーのようなものが送られる。Appleが決める記念日ごとに限定チャレンジのバッジがあったり、毎月ごとに月の定量目標を達成すると送られる月チャレンジのバッジがある。

ちなみにApple Watchをどマゾ仕様なので、目標を達成していくとものすごく高い目標を達成しなければいけなくなっていく。自分の場合、2月のチャレンジが毎日90分の運動をしていくと獲得できるバッジだったけれど、インフルエンザによってすべてが無に消えた。Apple Watchは無常なので、インフルエンザで死にかけていても「お前もうちょっと運動しろや」とメッセージを送ってくる。こっちは40度近い高熱と戦ってるんや、お前はちょっと黙っておけと通知をオフにした。

連続で達成している目標が途切れてしまうと、人間はどうしても運動をサボり気味になってしまう。健康に過ごしていたゴリラたちと会うと「俺はこれだけ動いてバッジ獲得できそうだけど、そっちはどう?」みたいな話になる。

俺だって2月のチャレンジを達成したかった。でも、一週間寝込むとそれもできへんのや、と言ってもゴリラたちはマジウホウホなので伝わらない。悲しい。泣いてしまう。Fの民のように。

だが、ゴリラたちを黙らせるひとつの方法がここに存在している。ムーブゴール400%達成というバッジだ。毎日の定量目標kcalの400%を消費すると獲得できるバッジだ。ただ運動習慣が見についている人になると毎日のゴールが600kcal前後になるので、ムーブゴール400%を達成することはほぼほぼ難しい。なにしろ成人男性が普通に生きていて摂取しなければならないカロリーを余裕で消化しなければならない。

「200%、300%は達成できたんだけどさ~」とゴリラたちは言う。何がなんでもムーブゴール400%を獲得してゴリラたちを黙らせたい。くそ絶対にあいつらを見返してえ~「俺ムーブゴール400%取得したけど」みたいな会話がしたい。

ただ、ムーブゴール400%というのは僕の一日消費目標の460kcalでも、約1800kacl近くの運動をしなければ獲得できない。獲得するための道筋を考えずに取得できるのは、たぶんロードバイクに乗ってヒルクライムレースをしている人たちぐらいだろう。

1800kcalを消費するためには効率的に食事をして、栄養を補充しなければ動けなくなってしまう。前準備として薬局に売ってるカロリーメイトとガッツギアとコーラを買った。ピザとか頼めばカロリー大丈夫なんじゃねーの?と思ったが、消化するために体力を使う食べ物を摂取するのは危険だと判断した。

グラップラー刃牙でもコーラを運動前に飲むのはいい、バナナも食べるのがいい、乾燥貝柱とかいいよ、みたいなことを言っていた。乾燥貝柱はあまり好きではないので、買うのをやめてバナナを追加で買った。

朝起きて炭水化物と糖質の塊であるロールケーキを丸々一本食べた。印字されていた情報を信じるならkaclは600ちょっと。そこにコーラを少し飲んで30分ほど休んでからボクシングを始めた。ボクシングは20分ちょっと動くだけで250kcalぐらい軽く消費することができる非常に効率がいい運動だ。

ジャブ、ストレート、ダッキング、ウィービング、アッパー、フックなどのコンビネーションを組み合わせて動くだけでみるみるうちにカロリーが消費されていく。20分から30分動いて、15分から20分休んで動く。合間にカロリーメイトを食べてコーラを飲む、摂取しないと腕がものすごく重たくなってきてこの星の重力に勝てなくなる。800kcalちょっと消費したところで、いま自分はものすごく馬鹿なことをやってるんじゃねーか?本当に1800kcalとか達成できるんか?とよくわからん考えがよぎってくる。ただずっと運動をしていると脳内麻薬が分泌されるのか、謎の笑いがこみ上げてきてひとり爆笑した。本当によくわからん。なぜ笑いが出たのか謎。

一回のボクシングで250kaclちょっとが消費されていき、1500kaclを消費したところでものすごく身体がだるくなった。栄養を定期的に摂取しているのに、ここ最近あまり運動をしてこなかったから、限界に達したのだろう。うおお耐えてくれ。俺の身体! あと300kaclちょっと消費すればムーブゴール400%が獲得できて、ゴリラたちにドヤ顔で自慢ができる。最終的に人を突き動かすのは強い感情だ。なんだかんだボクシングを一日中やってくると、これまで未熟でまったくできなかった攻防一体の動きができるようになる。たぶん反復練習の成果なんだろう。脳内で何か神経が繋がったのかもしれない。もう最後の方はよろよろになりながら、死にかけのジジイみたいにふらふらしつつパンチをしながら、ムーブゴール400%の目標を達成した。

別に大したことではないのにムーブゴール400%のバッジを見た時、俺もやればできるんや!というよくわからん感情がものすごく湧いてきて、その勢いでブログの記事を書いた。もう二度とチャレンジしたくない。地球の重力が重すぎる。絶対明日筋肉痛になっていると思うし、もう腕がすごく痛いので死にたい。

捏造ではなくてちゃんとムーブゴール400%達成したんだよという証拠を最後にアップして終わりにしようと思います。つらい二度とこんな馬鹿なチャレンジはしない。

https://twitter.com/Six_Sh00ter/status/1229021649275502595

ゴリラとアヴェンジャー

※これは実話ではなく同人誌『フォロー・ザ・サン』の後日談的な話です。

 

「今年度分の対艦ミサイル全部使っちまったから今日から深海棲艦はガンキルな」
 朝のブリーフィングでバッカスがそう言った。やけにイライラした口調だったのは前日の夜、パチンコでお金を溶かしたからだろう。

「俺にはでっかい氷山が見えるんだ」とタイタニック号の見張りのようなことを言いながら、俺の隣の台でバッカスが10万円溶かしたことを俺は覚えている。バッカスの財布は沈んだ。タイタニック号のように。
「ガンキルは構わないんですが、F-35の機銃程度じゃあ深海棲艦に致命的なダメージ与えられんでしょう? そこらへん上はどう考えているんですか?」
 出来るだけバッカスを刺激しないよう、副隊長のジンが質問をする。バッカスに同調しつつ、聞くべきことは聞く。人たらしの才能があるジンならではの上手い質問の仕方と声のトーンだった。
「ああ、それだけどな。お前らA-10って知ってるか?」
 全員が頷いた。戦闘機乗りをやっていてA-10を知らないやつなんていないだろう。タバスコ瓶ほどの砲弾をバリバリとばら撒き、戦車を文字通り粉砕する。元々、ワルシャワ条約機構機甲師団を想定して作られた対地攻撃専門の機体だ。対地攻撃にパラメータを全振りした機体なので、運用できるのは航空優勢が維持できるアメリカ空軍だけしかない。
 なんとなくバッカスが何を言わんとしているのか理解できた。ここで言われてバッカスが何を言いたいのか理解できないやつはパイロットとしての素質が皆無なので戦闘機を降りてほしい。俺との約束だ。
 嫌な予感ほどよく当たる。おい、セカンドお前が聞けよ、と後ろに座るマッシュにボールペンで突かれる。
「質問なんですが」
「おう、なんだセカンド」
「アヴェンジャーってF-35に搭載可能なんですか?」
「あー、それな。いい質問だ。岐阜とアメリカ空軍の方でな、F-35用にガンポッド作っていたんだわ。現物がなハンガーに到着して整備班が調整してるから見に行くか」
 学校の帰りにちょっとマックで飯でも食うか、ぐらいの気軽さでバッカスは言った。もうお腹一杯っス! マジ限界っス! と言えないのが軍隊のつらいところだ。カラスが白いと言われればカラスは白いのである。

 戦闘機乗りとはゴリラたちの集まりだ。ウホウホ。ゴリラたちの群れにいると人語を忘れてしまう。物理と数学はパイロットにとって必須なのだけど。仕方ない。許してほしい。飛行機が空を飛ぶのは根性で飛ぶのだ。揚力で飛ぶのではない。覚えておいてほしい。

 そういえば航空祭で「1フィートって何メートルなんですか?」と子供に聞かれて黙ってしまったことがあった。1フィートは1フィートなんだ。わかってほしい。1フィートは1フィートなんだよ。
 話が脱線したがアヴェンジャーを使う以上は現物を見ないとどうにもイメージができないので、飛行隊のみんなでハンガーへと足を運ぶことになった。ハンガーの一角にはめちゃくちゃデカい、ステルス性をあまり考えていないようなガンポッドが置いてあった。夕張さんが開発に関わったらしく、書類には独特なサインが書かれていた。え、夕張さん……これなんでボツにしなかったんですか……と思ってしまった。忙しそうに整備兵たちがタバスコ瓶のような砲弾を給弾しているところを見ると、これから実弾を持ったまま哨戒任務に出るらしい。バッカスが言った。
「おう、お前らな、めちゃくちゃラッキーだぞ。F-35で深海棲艦をガンキルした初めての部隊として名を残せるんだからな」
 ありえねー。実弾射撃訓練しないでそのまま出撃とかアニメやゲームじゃねーか。そう思っても下っ端は何も言えない。一応は自分も士官なのだけど、士官の中で少尉は芋虫なので、天上人である部隊長であるバッカスには何も言えない。ちゅらい。「お前これからマンションに戸建てのポスティングして来い」そんな声がバッカスには似合う。空軍を定年退職したらワンルームマンションをエリサーに売る仕事をしてほしい。
 バッカスの言葉があまりにも衝撃的過ぎて、その後の記憶が曖昧だった。気がついたらF-35に乗っていて日本海上空にいてスネークダンス(蛇行)をしていた。頭の片隅にあるアヴェンジャーの発射手順を確認する。よかった。ちゃんと使用方法だけは覚えている。それを忘れていたらすべて終わっていた。ホッと操縦桿を握り直すと、入間からの通信が入ってきた。
「北西20マイル深海棲艦のはぐれ艦隊を確認」
「ウィルコ。アルバトロス1迎撃に向かう」
 バッカスが入間の邀撃管制官に応答する。こういう時だけはまともな士官のフリをする本当にやめてほしい。
「よし聞いたなテメェら深海棲艦をキルしに行くぞ」
 え、マジで? 試射すらしてない機銃を撃つのか……。たぶん編隊の誰しもが同じことを思った。みんなの疑問に答えるようにバッカスが言う。
「最近のガンポッドはよくできているからな、自動照準でターゲットに入るよう敵を撃てば問題ねーぞ」
 問題ないわけがない。これちゃんと岐阜で試験したのかと誰も思った。でも言い返せない。せっかく航学を卒業して念願の人間になって、戦闘機乗りになったのにめちゃくちゃ理不尽だ。そんな話をしているうちに深海棲艦の艦隊が見えて来る。マッハに近い速度で飛んでいると20マイルなんてあっという間だ。
「うっし! 俺がまず手本を見せてやるからな! 俺に続けよ!」
 バッカスが低空へと降りながらアヴェンジャーを掃射する。砲弾がばら撒かれ何隻かの深海棲艦の肉片が吹き飛ぶ。あんな適当に撃っても機銃って当たるんだなという発見がある。まあ戦闘機に比べれば船なんて全部低速だし、どうにかなるのかとすら思えてしまう。

 でも敵も意思があるのでこちらに気付いた深海棲艦が高射砲を撃ってくる。ジン、マッシュはそれらをひらりと回避しながら低空へと降りて、アヴェンジャーを掃射した。砲弾が広い範囲に撒かれたが、それでも二隻の深海棲艦がぶくぶくと海の泡になった。味方が沈められたこともあって、深海棲艦の高射弾幕が一層厚いものになった。この中を降りて機銃掃射するのか……。ありえんと思いながらも機体を降下させて、武装をアヴェンジャーを選択してトリガーを引く。戦闘機が機銃掃射すると音が聞こえてくるまでに若干のタイムラグがある。バルルルルと独特な音が聞こえてきた方向を振り向くと、深海棲艦が穴だらけになって海へと沈んでいくのが見えた。

 やってられん帰ろう。と思いながら機首を立ち上げようとすると10メートル少々降下した。エンジンパワーを最大にして、バッカスたちのあとに続く。空で焦ると死ぬ。絶対に焦ってはいけない。バッカスの声が聞こえてきた。
「あ、そいやな、アヴェンジャーを10秒斉射するとストールするから気をつけろよ」
 そういうことはもっと早く言ってほしい。いま俺は死にかけたんや……。本当にありえねえと思いながら要撃管制官の深海棲艦撃破報告を聞き、基地への帰路へとついた。正直、深海棲艦が死んだとかどうでもいいことだった。対艦ミサイルで深海棲艦を殺したいと思った。心から。ミサイル最高。ミサイル万歳。
 基地に戻るとデブリバッカスに「お前アヴェンジャー撃ちすぎじゃねーか。もうちょい考えて撃て」と叱られた。さらにアヴェンジャーの10秒掃射が空軍でインシデント違反になっていたらしく、偉い人への報告書を書いてスタンプラリーをした。理不尽すぎる。そもそもアヴェンジャーを10秒撃って失速すると知っていたら絶対に撃たない。偉い人に叱られるからとかインシデント違反だとかそういうどうでもいい理由ではなく、自分や他人の命に関わる問題だからだ。スタンプラリーを終えて隊舎を出ると真っ赤な夕焼け空が広がっていた。なに? なんで時間の経過が早いの? 謎……。
 疲労困憊の身体を引きずりながらインプレッサスポーツワゴンに乗って自宅へと帰った。無になりすぎていてどう運転したのかぜんぜんわからない。俺たちは雰囲気で乗り物を運転している。家のリビングでは嵐さんがカレーライスを作っていてくれた。カレーライスに乗せる唐揚げまである。ヤバい……嵐さん結婚しよ……。
「めちゃくちゃげっそりしてるじゃん? 健二なんかつらいことでもあった?」
 嵐さんはこういう時、適切な言葉をかけてくれる。これが姉ちゃんだったらよくわからん質問会が始まる。本当に嵐さんでよかった。
「めちゃくちゃなことばかりだった……なんもいいことがない一日だった……なんなん……」
「カレー食って元気つけよ?」
 嵐さんのカレーライスは死ぬほどうまかった。アヴェンジャーで深海棲艦をぶっ殺しているA-10乗りってすごいと思った。僕には無理です。

チェルノブイリ第四話感想

 HBO『チェルノブイリ』第四話が公開されました。

 物語の視点は夫を喪失した喪失感に打ちひしがれる消防士の妻と、汚染地域に残されたペットたちを淡々と屠殺してコンクリートに埋めていく任務につく徴兵された兵士、チェルノブイリで陣頭指揮を取るレガソフとボリスの視点で物語が進んでいきます。

 消防士の妻が流産するのも現実にあったことです。高線量の被曝をした人というか、高濃度の放射線を浴びると物質そのものが、放射性廃棄物になってしまいます。

 間接的に放射線廃棄物になってしまった者(物)に触れることで被曝してしまうのも道理なのですが、人間はロジックだけで動いていません。僕らは誰しもがお気持ちベースで生きているので、ガンガン被曝するのは理性として理解できますが、やっぱり無事なパートナーと面会すると、接触したくなるのが人というもの。

 第三話で看護師の人にあれだけ注意されていたツケを彼女は払うことになったのです。身に宿していた子供の命で。彼女の被曝をすべて子供が吸収し、母体を守りきったのです。

 それで彼女が救われるかというとそうではなくて、産婦人科のベッドのうえで彼女は眠るものがいなくなってしまった赤ん坊用のベッドを見て声を押し殺して泣きます。

 亡き夫のあいだにもうけた愛おしい子供は放射線の影響を受けて亡くなりました。自分のせいで。彼女は愚かな自分を責めながら泣きます。でも誰も彼女を責めることはできません。僕も彼女と同じ立場なら選択をしてしまうかもしれません。

 登場人物の感情を考えると仕方ないことなのかもしれないですが、こうして物語として映像化されるとかなりつらい。きっと同じように泣いていった女の人たちが大勢いたんでしょう。悲しい。いつも辛いことだけ現実になる。無。

 流れるように駐車場係をやっていた青年も軍に徴兵されて、プリピャチ地域に取り残されたペットたちを銃で射殺してコンクリートに埋めていく仕事をします。

 当然ながら命を奪うという行為を彼はしたことがないので、人になついているペットたちを前にして怖じ気づいてしまいます。それが必要なこととはいえ、心を殺して淡々と仕事ができるほど人間は上手くできていません。ノイローゼになりながら彼は仕事をしていきます。先輩の兵士に怒られながら、それでもこの任務に意味があると信じて。トラックいっぱいに積載されたペットの死骸を見る彼の目からは光が消えていました。彼の心がガリガリすり減っては行くものの、後に語られる人々に比べると幾らかマシな任務に彼は割当られたのかもしれません。もっとも、彼が抱える痛みは生涯癒えることなく残り続けるでしょうが。つらいね。苦しい。でも彼の任務は必要な仕事でした。そう思わないとやっていられない。

 一市民たちの悲劇が描かれたあとに、チェルノブイリの大きな問題にスポットライトがあたります。ソ連の人民が涙を流しているあいだも、チェルノブイリの問題は何一つ解決していません。核廃棄物を放出し続ける炉心を一刻も早く封印する必要があります。石棺を作って。覆う必要があります。ですが石棺を作ってチェルノブイリを封印しようにも、第一話でめちゃくちゃ凄まじい爆発で建屋のうえに飛び散った高濃度の放射線を出し続ける黒鉛をどうにかしなければなりません。

 なぜなら、それらは凄まじい放射線を放っていて、まともに仕事をすると人が文字通り溶けて死ぬからです。

 幸いにして2つの建屋に乗っていた黒鉛は宇宙開発ロボットを使用することでどうにか問題を解決しました。レガソフが嬉しそうに笑うのを見てボリスが言います

「レガソフ嬉しそうだな」

 原子力の怖さを知っているが故にレガソフは現場にこれ以上の犠牲を払いたくなかったのです。2つの建屋の黒鉛を宇宙開発ロボットで落として問題を解決していると、一番大きな問題がレガソフとボリスのあいだに立ちはだかってきました。先程までの建屋に乗っていた黒鉛は毎秒2000レントゲンという比較的常識的な値でしたが(それでも充分に人は死ぬんだけど)、残された建屋に飛び散った黒鉛は毎秒12000レントゲンという、本当にちょっと作業しただけで死ぬ値を出し続けています。

 12000レントゲンとか単位がおかしすぎてわからん。なんや。ドラゴンボールか? 単位がインフレし過ぎやろ……。おかしい。

 人間を投入すると瞬間で溶けるので、どうにかこうにか頑張って西ドイツから宇宙開発ロボットを輸入して、ヘリで空中から降ろして使い初め動作確認をしますが、前進後進を確認すると秒で電気回路が焼ききれて立派なガラクタになりました。

 ああ、なんや……。これ宇宙開発ロボットですらだめなのか……と現場の人たちの期待が秒で失望に変わりました。もうお通夜ムードで全員がめちゃくちゃ暗い気持ちになります。

 視聴者たちの感情を代弁するようにボリスはバチクソキレます。

ゴルバチョフのクソ野郎ちゃんとした値を伝えてねえじゃねえか! 建前の数値で作業ができるわけねーだろボケが!(要約)」

 あまりに怒りが爆発し過ぎてボリスが電話を放り投げて破壊します。気持ちものすごくわかる。俺でも電話機破壊する。

 もう国の体裁とかそういうの気にするレベルの話じゃなくて、ユーラシアが滅ぶかどうかの問題になっているのに、見えないものを見ようとして望遠鏡を覗き込んだら地獄があった。無になります。ボリスは深い闇に飲まれないように精一杯でした。午前二時の踏切に君はやってこなかった。無。こんなに見ていて無になるドラマはなかなかない。しかもこれある程度実話で、たぶん見れる箇所だけピックアップしていこれ。現実どうだったんだろうなという気持ちになります。本買って読んでみよう……。

 チェルノブイリの事故が起こった当初は他人事だったボリスも、事故で大勢の人間が溶けていったのを目撃してきているので、「事故なんてないよ(笑)」と世界に取り繕うソ連上層部に対して本当にやり場のない気持ちをぶつけます。

 でも、怒ったところで問題が沈静化するわけでもなく、解決するわけでもありません。怒るボリスとは対称的にレガソフは冷静に言います。

バイオロボットを投入しましょう」

 そう言うレガソフの声は酷く冷たく、そして絶望を含んでいました。自分の言うことがベストだとは思ってもいなく、悪魔に魂を引き渡すということをレガソフは知っていました。彼の言うバイオロボットとは人間を投入するということなのですから。

 これ以上誰も死なせたくなければ、これ以上誰かが苦しむのも見たくなかった。みんなを守りたいという気持ちのあいだで揺れながらもレガソフは現実と折り合いをつけて、少数の犠牲を払ってでも問題を沈静化する方向を選択します。

 それが地獄への片道切符だとしても、誰かが判断をして責任を取って事態を沈静化しなければいけなかった。この問題をレガソフはどうにかしなければいけなかったのです。苦しい。つらい。誰かの人生を溶かす決断を下すのは本当につらい。

 レガソフの提案でバイオロボット部隊は編成されます。建前は志願者となっていますが、どこまで志願者だったのか僕らに知るすべはありません。全身を覆うラバースーツと、胸や股間など重要な部分を鉛のプレートで体の要所を守ります。それがどれだけ通用するのか僕にはわかりません。毎秒12000レントゲンの前では気休め程度でしかないことだけはわかります。

 彼らは屋上へと上がると息を一瞬吸い込んでから疾走し、90秒間だけスコップを持って黒鉛を落とします。落としたら全力疾走で屋上をあとにして、次のシフトのメンバーに仕事を引き継ぎます。ただそれだけ。でも人生で一番長い90秒です。間違いなく世界で一番長い90秒だと僕は思います。文字通り命を賭けて彼らは戦いへと挑みます。彼らが原子力の驚異を本当に意味で理解していのかわかりません。でも、きっと彼らにも守りたい人たちがいて、大切な存在があったのだと思います。ソ連とかそういう抽象的なものではなく、彼らが想う人たちのために。

 人生で一番長い90秒間を終えた彼らへとソ連軍の偉い人は言います。

「諸君らの健康を祈って」

 それが社交辞令に過ぎないことはたぶん、彼らも理解していたと思います。彼らがどうなったのか、語られず第四話は終わります。あれだけの線量を浴びたらきっと無事ではないでしょう。僕らの見えないところで彼らも涙を流し、声をあげることができずにモルヒネすら効かない苦しみを味わって消えていったのでしょう。初動で駆けつけた消防士のように。でも、それでも、守りたいものがあったのです。救いたいものがきっとあったんだと思います。ソ連なんて抽象的な存在ではなくて、もっと身近な顔の見える誰かを。助かった。守りたかった。救いたかった。

 そうしたことがほんの30年ちょっと前にあったことを僕らは覚えておく必要があるのだと思います。名もなき誰かの勇気と、涙に敬意を払って。

 ありがとう。事態の沈静化に命をかけた人々を僕は称えたい。そうした人の血と涙があって、いまこの世界があることを忘れずにいたい。それが僕らの責任だろうから。あなたのおかげでいまこの世界はあります。この世界がどれだけ地獄だとしても。あなたたちはたしかに世界を守り抜いた。

秒速3.5レントゲン

 HBOドラマの『チェルノブイリTwitterで話題になっていて、ついつい先が気になり、いつの間にか無料期間が終わっており、スターチャンネルに契約をしていました。これが大人の戦い方。ホンマに大人は汚い。そういうズルさ俺も見習いたい。

 お金を払ったからには元を取らないと死んでも死にきれないので、一話から三話まで字幕で見たあと、通勤のスキマ時間に吹き替え版を見ています。『チェルノブイリ』は視聴することで何一つ明るい気持ちになる要素がないすごいドラマです。

 第一話の初っ端で事故って原子炉が爆発するも、所長はその事実を認められず「ば、爆発したのは原子炉じゃない! タンクだ! タンク!」とめっちゃヒステリックに言い、みんなを地獄に引きずり込んでいきますが、彼だけが最悪ではなくてプリピャチ市の偉い人たちも「ソ連上層部が大丈夫言うてるんだから、きっと大丈夫や。お前らソ連を信じろ。ソ連の人民の力が事故を救う(要約)」みたいな正常性バイアスをバリバリに発揮しているなか、爆発現場に駆けつけた消防士の人たちや、すごい爆発があったからと団地の外に出ていた市民たちが凄まじい勢いで被曝していきます。

 これだけで無になる要素がたくさんなんですが、「3.5レントゲンだから被曝しても大丈夫だからお前ら様子を見に行ってこいや」と所長に命令されて、原子炉を見に行った技師の人が軒並み死にます。これでもドラマなので、たぶん見れるレベルなんでしょうけど、秒速で人が紫色になって死んでいきます。とても気持ちがモニョモニョします。

 特に「うおおお!」と言いながら、原子炉に通じる分厚い鉛の扉を開けて、原子炉を見るとそこには放射性物質を撒き散らしながら燃えている炉心があるわけです。

 昔、Fallout3でどれだけ原子炉に近づけるかというチャレンジをやったのですが、対被曝の装備でも秒速で死んだことを覚えています。原子力やべえなと思ったものです。放射線の前には人間無力。ヒト消える。

 勿論、原子炉を直接目視確認して、一番被曝してしまった技師の人は鉛の扉を閉じたあと亡くなってしまいます。後々のエピソードで語られる人たちのことを思うと、彼はまだマシな方なのかもしれませんが、それでも誰かを助けたいという意思で動いて、亡くなった人のことを思うと無になります。

 技師の人たちがてんやわんやしているなか、事態はモスクワに伝わりゴルバチョフ書記長のもと、対策会議が開かれますが、「まあ、大丈夫なんじゃないですか」みたいなペースで会議が進むも、核物理学者のヴァレリー・レガソフというおっさんが「めっちゃ酷い被害が出るから、もうちょっとちゃんと対策しないと詰む」みたいな話をします。

 レガソフがあまりにも悲観的なことを、自分の担当領域で言うのでボリス・シチェルビナという政治家のおっさんはちょっとイラッとしますが、ものすごくヤバい現場を自分の目で見ます。訪問した現場では正確な線量計が幾つなのかわかりません。この時点で既にだめで「機械が故障してるんだろ」とみんな言います。ですがレガソフはそれは手持ちの機器で計測できる上限値を遥かに超えているからだと言います。ただ計測を行くだけでもめちゃくちゃ危険なミッションなので、派遣されている軍の総責任者であるピカロフ自らトラックを運転して計測しに行ったら信じられないぐらい高い値が出て、現実と向き合うようになります。値は広島型原爆の何倍もの数値です。詳しい値は実際にドラマ見てください。ぶっちゃけ引きます。

 ドラマの『チェルノブイリ』では女性の科学者が出てきて、なんかこういい感じに「ヤバい。もっとみんな危機感持って!」とソ連の人たちに言ってくれますが、この人は実在の人物ではありません。え、じゃあ、現実はもっとグダグダしていてひどかったの……。教えて……。

 そんな八方塞がりの状況でもレガソフとボリスは冷静にこの事故を見つめ対処していきますが、そんな二人にも誤算がありました、核燃料の冷却用プールが空になっていると思っていましたが、消防士の人たちが消火するさいに大量の水を放水しており、地下には大量の水が溜まっていました。水を抜かないと溶けた燃料と接触した瞬間、水蒸気爆発して文字通りチェルノブイリは地上から消えます。放射性物質を撒き散らして。避難すら満足にできていない状態でそうなると本格的に投了なので、レガソフとボリスは非番だった技師たちを集めて「手動で放水を行ってくれ」と言います。高濃度の放射性物質で汚染された水に浸かって、作業を行うということは死んでくれというようなものです。

 まったく救いもなければ、盛り上がるシーンでもなく、かろうじてドラマとして仕立ていますが、現実はどうだったんしょうか。わからん。なんもわからん。ただ、技師たちの命がけの試みは成功し、最悪の事態を回避することに成功しますが、あれこれ時間をかけているあいだに北欧に放射性物質の拡散を探知され、アメリカの軍事衛星に燃え盛るチェルノブイリを撮影されてしまい、ソ連の国威は底値になります。

 なのでゴルバチョフ書記長も「ええか? お前ら事態を沈静化させるんやぞ」とゴリラの巣の人たちの激詰めのようにみんなに言います。

 ですが、どうにかできるなら、現場で死んでいった人たちもどうにかしていますし、彼らもどうにかしたくて命を賭けていきました。みんな死にたくて死んだわけじゃなくて、誰かを守りたかった。ソ連とか抽象的な存在じゃなくて、友達とか恋人とか家族とか。そういう具体的なものを。でもどうにもならなかったんや。そこをわかってくれと言うようにレガソフは半分キレ気味です。まあわかる。俺がレガソフで怒りを抑えられるかどうかわからん。

 物語は並行するように初動で駆けつけた消防士とその妻にスポットライトがあたります。被曝してモスクワの病院へと運び込まれた消防士たちは隔離されています。でも、身内としてはどうにかしてお見舞いに行きたいもので、賄賂を包ませて妻はどうにかして、旦那のいる病棟に入ります。面会前に「30分だけ、接触したらだめ」と言われているも関わらず。妻は妊娠しているにも関わらず、被曝した夫とキスをしてハグをします。それが決定的な破滅へと向かっているということも知らず。時間は流れるように進み、消防士たちは体中が放射線に蝕まれ、モルヒネすら効かない生き地獄を味わった末に亡くなります。東海村JCO臨界事故のようでやるせなさがありますね。

 消防士たちが埋葬されるのも金属製の棺で念入りにバーナーで溶接されたあと、コンクリートを流し込まれ放射性汚染物質として扱われるのです。人の死じゃねえよな。遺族のことを思うとつらい。

 でもソ連には彼らの死を悲しんでいる暇なんてありません。さまざまな計画を同時進行させないと、事態は沈静化させることができないため、炭鉱夫やら近くの街にいる市民(男性)を軍隊で徴用していきます。きっと、この人たちも溶けるんだろうなという想像で第三話は終わります。

 何一つ見ていて明るい気持ちになれない『チェルノブイリ』ですが、誰かを助けたいと思い、泣きながら消えていった、名もなき誰かがそこにいたことを、僕らは知っておくべきなんだろうなと思います。

 ただし、心が底値の状態で見ると秒でつらくなるドラマなので、比較的、心に余裕がある時の視聴をオススメします。死にたくなる。無。酒が飲みたい。

カワグチ先生

 僕が住んでいた地域の学校はそこそこ荒れていて、中学校に煙草の吸い殻が捨ててあったり、少年院に入る不良がいた。中学一年生の頃に僕のことをよく殴ったり砂にしていたやつが、中学二年生の頃に少年院に入ることが決まった時、僕は「よっしゃあ!」と喜びを声にしたらみんなに引かれたことがあった。呼び出しで腹パンや砂にされるのは当たり前で、スナック感覚にカツアゲされることも、空き缶を暴力で回収したり、まあ反社会的勢力の末端がやっているようなことはだいたい、僕がいた学校の札付きの悪い連中はやっていた。

 そんな学校だったので教師は不良たちからめちゃくちゃ嫌われていたし、必要以上に普通の生徒たちを締め付ける教師たちは煙たがられていた。そんな教師たちの中に大部分の生徒たちから信頼を集めて、学校の清浄化に貢献した先生がいた。

 それは僕が中学三年生の頃に担任になったカワグチ先生だった。ものすごく小柄なおばさんの先生で当時は40代後半ぐらいだったと思う。幽☆遊☆白書玄海を思わせるなんとも不思議な人だった。僕がこれまでの人生で出会った人の中で中立・中庸属性と自信を持って言えるのはカワグチ先生ぐらいだ。

 カワグチ先生は教師でありながら変わった価値観を持っていた。生きたいように生きて、死にたいように死ねばいい。自分と異なる考え方を持っていようが、それの生き方を誰かに強要しなければ、別にそれも在りと認める懐の広さがあった。だから、僕らのような普通の生徒も、円光をしていたギャルも、札付きの不良たちも、カワグチ先生の話だけには耳を傾けた。カワグチ先生はさまざまなことを僕たちに教えてくれたけれど、僕が一番覚えているのはある道徳の授業でのことだ。

 10代で妊娠し出産した女の子の話をカワグチ先生はした。そうして、僕たちに感想を求めた。僕らの大部分は何も考えずに性交をして、妊娠した女の子を責めた。当時の僕はその女の子にすべて責任があるように思えたし、他の生徒たちもやっぱり似たり寄ったりの考えだった。だけど不良とギャルだけは、その女の子の気持ちがわかった。たぶん、別のレイヤを見ていたから、女の子の気持ちが理解出来たのだと思う。

 カワグチ先生は言った。

「人は正しさだけで生きているわけじゃない。人が人を好きになってしまったら、こういう過ちを犯してしまうことがあるのよ。まだ若いから、この女の子の気持ちがわからないかもしれない。でも、歳を取って色んな経験をしたら、この女の子の気持ちがすこしは理解できるようになると思うよ」

 あれからさまざまな経験をして僕は、人は正しさだけで生きているわけではないと知った。色々な挫折と出会いと別れを経て愚かな選択をしてしまう人の気持ちが心から理解できるようになった。カワグチ先生はこうも言っていた、「歳を取ってもこの女の子の気持ちがわからなかったら、それは精神的に未成熟だから恥じなさい」と。カワグチ先生に教わったことは僕の考えの根幹をなしている。正しさだけがすべてではないと僕は教えてもらった気がする。