チェルノブイリ第四話感想

 HBO『チェルノブイリ』第四話が公開されました。

 物語の視点は夫を喪失した喪失感に打ちひしがれる消防士の妻と、汚染地域に残されたペットたちを淡々と屠殺してコンクリートに埋めていく任務につく徴兵された兵士、チェルノブイリで陣頭指揮を取るレガソフとボリスの視点で物語が進んでいきます。

 消防士の妻が流産するのも現実にあったことです。高線量の被曝をした人というか、高濃度の放射線を浴びると物質そのものが、放射性廃棄物になってしまいます。

 間接的に放射線廃棄物になってしまった者(物)に触れることで被曝してしまうのも道理なのですが、人間はロジックだけで動いていません。僕らは誰しもがお気持ちベースで生きているので、ガンガン被曝するのは理性として理解できますが、やっぱり無事なパートナーと面会すると、接触したくなるのが人というもの。

 第三話で看護師の人にあれだけ注意されていたツケを彼女は払うことになったのです。身に宿していた子供の命で。彼女の被曝をすべて子供が吸収し、母体を守りきったのです。

 それで彼女が救われるかというとそうではなくて、産婦人科のベッドのうえで彼女は眠るものがいなくなってしまった赤ん坊用のベッドを見て声を押し殺して泣きます。

 亡き夫のあいだにもうけた愛おしい子供は放射線の影響を受けて亡くなりました。自分のせいで。彼女は愚かな自分を責めながら泣きます。でも誰も彼女を責めることはできません。僕も彼女と同じ立場なら選択をしてしまうかもしれません。

 登場人物の感情を考えると仕方ないことなのかもしれないですが、こうして物語として映像化されるとかなりつらい。きっと同じように泣いていった女の人たちが大勢いたんでしょう。悲しい。いつも辛いことだけ現実になる。無。

 流れるように駐車場係をやっていた青年も軍に徴兵されて、プリピャチ地域に取り残されたペットたちを銃で射殺してコンクリートに埋めていく仕事をします。

 当然ながら命を奪うという行為を彼はしたことがないので、人になついているペットたちを前にして怖じ気づいてしまいます。それが必要なこととはいえ、心を殺して淡々と仕事ができるほど人間は上手くできていません。ノイローゼになりながら彼は仕事をしていきます。先輩の兵士に怒られながら、それでもこの任務に意味があると信じて。トラックいっぱいに積載されたペットの死骸を見る彼の目からは光が消えていました。彼の心がガリガリすり減っては行くものの、後に語られる人々に比べると幾らかマシな任務に彼は割当られたのかもしれません。もっとも、彼が抱える痛みは生涯癒えることなく残り続けるでしょうが。つらいね。苦しい。でも彼の任務は必要な仕事でした。そう思わないとやっていられない。

 一市民たちの悲劇が描かれたあとに、チェルノブイリの大きな問題にスポットライトがあたります。ソ連の人民が涙を流しているあいだも、チェルノブイリの問題は何一つ解決していません。核廃棄物を放出し続ける炉心を一刻も早く封印する必要があります。石棺を作って。覆う必要があります。ですが石棺を作ってチェルノブイリを封印しようにも、第一話でめちゃくちゃ凄まじい爆発で建屋のうえに飛び散った高濃度の放射線を出し続ける黒鉛をどうにかしなければなりません。

 なぜなら、それらは凄まじい放射線を放っていて、まともに仕事をすると人が文字通り溶けて死ぬからです。

 幸いにして2つの建屋に乗っていた黒鉛は宇宙開発ロボットを使用することでどうにか問題を解決しました。レガソフが嬉しそうに笑うのを見てボリスが言います

「レガソフ嬉しそうだな」

 原子力の怖さを知っているが故にレガソフは現場にこれ以上の犠牲を払いたくなかったのです。2つの建屋の黒鉛を宇宙開発ロボットで落として問題を解決していると、一番大きな問題がレガソフとボリスのあいだに立ちはだかってきました。先程までの建屋に乗っていた黒鉛は毎秒2000レントゲンという比較的常識的な値でしたが(それでも充分に人は死ぬんだけど)、残された建屋に飛び散った黒鉛は毎秒12000レントゲンという、本当にちょっと作業しただけで死ぬ値を出し続けています。

 12000レントゲンとか単位がおかしすぎてわからん。なんや。ドラゴンボールか? 単位がインフレし過ぎやろ……。おかしい。

 人間を投入すると瞬間で溶けるので、どうにかこうにか頑張って西ドイツから宇宙開発ロボットを輸入して、ヘリで空中から降ろして使い初め動作確認をしますが、前進後進を確認すると秒で電気回路が焼ききれて立派なガラクタになりました。

 ああ、なんや……。これ宇宙開発ロボットですらだめなのか……と現場の人たちの期待が秒で失望に変わりました。もうお通夜ムードで全員がめちゃくちゃ暗い気持ちになります。

 視聴者たちの感情を代弁するようにボリスはバチクソキレます。

ゴルバチョフのクソ野郎ちゃんとした値を伝えてねえじゃねえか! 建前の数値で作業ができるわけねーだろボケが!(要約)」

 あまりに怒りが爆発し過ぎてボリスが電話を放り投げて破壊します。気持ちものすごくわかる。俺でも電話機破壊する。

 もう国の体裁とかそういうの気にするレベルの話じゃなくて、ユーラシアが滅ぶかどうかの問題になっているのに、見えないものを見ようとして望遠鏡を覗き込んだら地獄があった。無になります。ボリスは深い闇に飲まれないように精一杯でした。午前二時の踏切に君はやってこなかった。無。こんなに見ていて無になるドラマはなかなかない。しかもこれある程度実話で、たぶん見れる箇所だけピックアップしていこれ。現実どうだったんだろうなという気持ちになります。本買って読んでみよう……。

 チェルノブイリの事故が起こった当初は他人事だったボリスも、事故で大勢の人間が溶けていったのを目撃してきているので、「事故なんてないよ(笑)」と世界に取り繕うソ連上層部に対して本当にやり場のない気持ちをぶつけます。

 でも、怒ったところで問題が沈静化するわけでもなく、解決するわけでもありません。怒るボリスとは対称的にレガソフは冷静に言います。

バイオロボットを投入しましょう」

 そう言うレガソフの声は酷く冷たく、そして絶望を含んでいました。自分の言うことがベストだとは思ってもいなく、悪魔に魂を引き渡すということをレガソフは知っていました。彼の言うバイオロボットとは人間を投入するということなのですから。

 これ以上誰も死なせたくなければ、これ以上誰かが苦しむのも見たくなかった。みんなを守りたいという気持ちのあいだで揺れながらもレガソフは現実と折り合いをつけて、少数の犠牲を払ってでも問題を沈静化する方向を選択します。

 それが地獄への片道切符だとしても、誰かが判断をして責任を取って事態を沈静化しなければいけなかった。この問題をレガソフはどうにかしなければいけなかったのです。苦しい。つらい。誰かの人生を溶かす決断を下すのは本当につらい。

 レガソフの提案でバイオロボット部隊は編成されます。建前は志願者となっていますが、どこまで志願者だったのか僕らに知るすべはありません。全身を覆うラバースーツと、胸や股間など重要な部分を鉛のプレートで体の要所を守ります。それがどれだけ通用するのか僕にはわかりません。毎秒12000レントゲンの前では気休め程度でしかないことだけはわかります。

 彼らは屋上へと上がると息を一瞬吸い込んでから疾走し、90秒間だけスコップを持って黒鉛を落とします。落としたら全力疾走で屋上をあとにして、次のシフトのメンバーに仕事を引き継ぎます。ただそれだけ。でも人生で一番長い90秒です。間違いなく世界で一番長い90秒だと僕は思います。文字通り命を賭けて彼らは戦いへと挑みます。彼らが原子力の驚異を本当に意味で理解していのかわかりません。でも、きっと彼らにも守りたい人たちがいて、大切な存在があったのだと思います。ソ連とかそういう抽象的なものではなく、彼らが想う人たちのために。

 人生で一番長い90秒間を終えた彼らへとソ連軍の偉い人は言います。

「諸君らの健康を祈って」

 それが社交辞令に過ぎないことはたぶん、彼らも理解していたと思います。彼らがどうなったのか、語られず第四話は終わります。あれだけの線量を浴びたらきっと無事ではないでしょう。僕らの見えないところで彼らも涙を流し、声をあげることができずにモルヒネすら効かない苦しみを味わって消えていったのでしょう。初動で駆けつけた消防士のように。でも、それでも、守りたいものがあったのです。救いたいものがきっとあったんだと思います。ソ連なんて抽象的な存在ではなくて、もっと身近な顔の見える誰かを。助かった。守りたかった。救いたかった。

 そうしたことがほんの30年ちょっと前にあったことを僕らは覚えておく必要があるのだと思います。名もなき誰かの勇気と、涙に敬意を払って。

 ありがとう。事態の沈静化に命をかけた人々を僕は称えたい。そうした人の血と涙があって、いまこの世界があることを忘れずにいたい。それが僕らの責任だろうから。あなたのおかげでいまこの世界はあります。この世界がどれだけ地獄だとしても。あなたたちはたしかに世界を守り抜いた。

秒速3.5レントゲン

 HBOドラマの『チェルノブイリTwitterで話題になっていて、ついつい先が気になり、いつの間にか無料期間が終わっており、スターチャンネルに契約をしていました。これが大人の戦い方。ホンマに大人は汚い。そういうズルさ俺も見習いたい。

 お金を払ったからには元を取らないと死んでも死にきれないので、一話から三話まで字幕で見たあと、通勤のスキマ時間に吹き替え版を見ています。『チェルノブイリ』は視聴することで何一つ明るい気持ちになる要素がないすごいドラマです。

 第一話の初っ端で事故って原子炉が爆発するも、所長はその事実を認められず「ば、爆発したのは原子炉じゃない! タンクだ! タンク!」とめっちゃヒステリックに言い、みんなを地獄に引きずり込んでいきますが、彼だけが最悪ではなくてプリピャチ市の偉い人たちも「ソ連上層部が大丈夫言うてるんだから、きっと大丈夫や。お前らソ連を信じろ。ソ連の人民の力が事故を救う(要約)」みたいな正常性バイアスをバリバリに発揮しているなか、爆発現場に駆けつけた消防士の人たちや、すごい爆発があったからと団地の外に出ていた市民たちが凄まじい勢いで被曝していきます。

 これだけで無になる要素がたくさんなんですが、「3.5レントゲンだから被曝しても大丈夫だからお前ら様子を見に行ってこいや」と所長に命令されて、原子炉を見に行った技師の人が軒並み死にます。これでもドラマなので、たぶん見れるレベルなんでしょうけど、秒速で人が紫色になって死んでいきます。とても気持ちがモニョモニョします。

 特に「うおおお!」と言いながら、原子炉に通じる分厚い鉛の扉を開けて、原子炉を見るとそこには放射性物質を撒き散らしながら燃えている炉心があるわけです。

 昔、Fallout3でどれだけ原子炉に近づけるかというチャレンジをやったのですが、対被曝の装備でも秒速で死んだことを覚えています。原子力やべえなと思ったものです。放射線の前には人間無力。ヒト消える。

 勿論、原子炉を直接目視確認して、一番被曝してしまった技師の人は鉛の扉を閉じたあと亡くなってしまいます。後々のエピソードで語られる人たちのことを思うと、彼はまだマシな方なのかもしれませんが、それでも誰かを助けたいという意思で動いて、亡くなった人のことを思うと無になります。

 技師の人たちがてんやわんやしているなか、事態はモスクワに伝わりゴルバチョフ書記長のもと、対策会議が開かれますが、「まあ、大丈夫なんじゃないですか」みたいなペースで会議が進むも、核物理学者のヴァレリー・レガソフというおっさんが「めっちゃ酷い被害が出るから、もうちょっとちゃんと対策しないと詰む」みたいな話をします。

 レガソフがあまりにも悲観的なことを、自分の担当領域で言うのでボリス・シチェルビナという政治家のおっさんはちょっとイラッとしますが、ものすごくヤバい現場を自分の目で見ます。訪問した現場では正確な線量計が幾つなのかわかりません。この時点で既にだめで「機械が故障してるんだろ」とみんな言います。ですがレガソフはそれは手持ちの機器で計測できる上限値を遥かに超えているからだと言います。ただ計測を行くだけでもめちゃくちゃ危険なミッションなので、派遣されている軍の総責任者であるピカロフ自らトラックを運転して計測しに行ったら信じられないぐらい高い値が出て、現実と向き合うようになります。値は広島型原爆の何倍もの数値です。詳しい値は実際にドラマ見てください。ぶっちゃけ引きます。

 ドラマの『チェルノブイリ』では女性の科学者が出てきて、なんかこういい感じに「ヤバい。もっとみんな危機感持って!」とソ連の人たちに言ってくれますが、この人は実在の人物ではありません。え、じゃあ、現実はもっとグダグダしていてひどかったの……。教えて……。

 そんな八方塞がりの状況でもレガソフとボリスは冷静にこの事故を見つめ対処していきますが、そんな二人にも誤算がありました、核燃料の冷却用プールが空になっていると思っていましたが、消防士の人たちが消火するさいに大量の水を放水しており、地下には大量の水が溜まっていました。水を抜かないと溶けた燃料と接触した瞬間、水蒸気爆発して文字通りチェルノブイリは地上から消えます。放射性物質を撒き散らして。避難すら満足にできていない状態でそうなると本格的に投了なので、レガソフとボリスは非番だった技師たちを集めて「手動で放水を行ってくれ」と言います。高濃度の放射性物質で汚染された水に浸かって、作業を行うということは死んでくれというようなものです。

 まったく救いもなければ、盛り上がるシーンでもなく、かろうじてドラマとして仕立ていますが、現実はどうだったんしょうか。わからん。なんもわからん。ただ、技師たちの命がけの試みは成功し、最悪の事態を回避することに成功しますが、あれこれ時間をかけているあいだに北欧に放射性物質の拡散を探知され、アメリカの軍事衛星に燃え盛るチェルノブイリを撮影されてしまい、ソ連の国威は底値になります。

 なのでゴルバチョフ書記長も「ええか? お前ら事態を沈静化させるんやぞ」とゴリラの巣の人たちの激詰めのようにみんなに言います。

 ですが、どうにかできるなら、現場で死んでいった人たちもどうにかしていますし、彼らもどうにかしたくて命を賭けていきました。みんな死にたくて死んだわけじゃなくて、誰かを守りたかった。ソ連とか抽象的な存在じゃなくて、友達とか恋人とか家族とか。そういう具体的なものを。でもどうにもならなかったんや。そこをわかってくれと言うようにレガソフは半分キレ気味です。まあわかる。俺がレガソフで怒りを抑えられるかどうかわからん。

 物語は並行するように初動で駆けつけた消防士とその妻にスポットライトがあたります。被曝してモスクワの病院へと運び込まれた消防士たちは隔離されています。でも、身内としてはどうにかしてお見舞いに行きたいもので、賄賂を包ませて妻はどうにかして、旦那のいる病棟に入ります。面会前に「30分だけ、接触したらだめ」と言われているも関わらず。妻は妊娠しているにも関わらず、被曝した夫とキスをしてハグをします。それが決定的な破滅へと向かっているということも知らず。時間は流れるように進み、消防士たちは体中が放射線に蝕まれ、モルヒネすら効かない生き地獄を味わった末に亡くなります。東海村JCO臨界事故のようでやるせなさがありますね。

 消防士たちが埋葬されるのも金属製の棺で念入りにバーナーで溶接されたあと、コンクリートを流し込まれ放射性汚染物質として扱われるのです。人の死じゃねえよな。遺族のことを思うとつらい。

 でもソ連には彼らの死を悲しんでいる暇なんてありません。さまざまな計画を同時進行させないと、事態は沈静化させることができないため、炭鉱夫やら近くの街にいる市民(男性)を軍隊で徴用していきます。きっと、この人たちも溶けるんだろうなという想像で第三話は終わります。

 何一つ見ていて明るい気持ちになれない『チェルノブイリ』ですが、誰かを助けたいと思い、泣きながら消えていった、名もなき誰かがそこにいたことを、僕らは知っておくべきなんだろうなと思います。

 ただし、心が底値の状態で見ると秒でつらくなるドラマなので、比較的、心に余裕がある時の視聴をオススメします。死にたくなる。無。酒が飲みたい。

カワグチ先生

 僕が住んでいた地域の学校はそこそこ荒れていて、中学校に煙草の吸い殻が捨ててあったり、少年院に入る不良がいた。中学一年生の頃に僕のことをよく殴ったり砂にしていたやつが、中学二年生の頃に少年院に入ることが決まった時、僕は「よっしゃあ!」と喜びを声にしたらみんなに引かれたことがあった。呼び出しで腹パンや砂にされるのは当たり前で、スナック感覚にカツアゲされることも、空き缶を暴力で回収したり、まあ反社会的勢力の末端がやっているようなことはだいたい、僕がいた学校の札付きの悪い連中はやっていた。

 そんな学校だったので教師は不良たちからめちゃくちゃ嫌われていたし、必要以上に普通の生徒たちを締め付ける教師たちは煙たがられていた。そんな教師たちの中に大部分の生徒たちから信頼を集めて、学校の清浄化に貢献した先生がいた。

 それは僕が中学三年生の頃に担任になったカワグチ先生だった。ものすごく小柄なおばさんの先生で当時は40代後半ぐらいだったと思う。幽☆遊☆白書玄海を思わせるなんとも不思議な人だった。僕がこれまでの人生で出会った人の中で中立・中庸属性と自信を持って言えるのはカワグチ先生ぐらいだ。

 カワグチ先生は教師でありながら変わった価値観を持っていた。生きたいように生きて、死にたいように死ねばいい。自分と異なる考え方を持っていようが、それの生き方を誰かに強要しなければ、別にそれも在りと認める懐の広さがあった。だから、僕らのような普通の生徒も、円光をしていたギャルも、札付きの不良たちも、カワグチ先生の話だけには耳を傾けた。カワグチ先生はさまざまなことを僕たちに教えてくれたけれど、僕が一番覚えているのはある道徳の授業でのことだ。

 10代で妊娠し出産した女の子の話をカワグチ先生はした。そうして、僕たちに感想を求めた。僕らの大部分は何も考えずに性交をして、妊娠した女の子を責めた。当時の僕はその女の子にすべて責任があるように思えたし、他の生徒たちもやっぱり似たり寄ったりの考えだった。だけど不良とギャルだけは、その女の子の気持ちがわかった。たぶん、別のレイヤを見ていたから、女の子の気持ちが理解出来たのだと思う。

 カワグチ先生は言った。

「人は正しさだけで生きているわけじゃない。人が人を好きになってしまったら、こういう過ちを犯してしまうことがあるのよ。まだ若いから、この女の子の気持ちがわからないかもしれない。でも、歳を取って色んな経験をしたら、この女の子の気持ちがすこしは理解できるようになると思うよ」

 あれからさまざまな経験をして僕は、人は正しさだけで生きているわけではないと知った。色々な挫折と出会いと別れを経て愚かな選択をしてしまう人の気持ちが心から理解できるようになった。カワグチ先生はこうも言っていた、「歳を取ってもこの女の子の気持ちがわからなかったら、それは精神的に未成熟だから恥じなさい」と。カワグチ先生に教わったことは僕の考えの根幹をなしている。正しさだけがすべてではないと僕は教えてもらった気がする。

駆り立てるのは野心と欲望、横たわるは犬と豚

 僕の地元は業界でも有名な反社会的勢力の本拠地がある地方です。はじめて反社会的勢力を意識したのは高校生の頃、ゆうメイトで年賀状を配達する時、31日に郵便局の人から説明を受けるのですが、「紋がはいった年賀状があったら、それは反社会的勢力のお家のもので、誤配送すると大変なことになるから持ち帰ってきてね」と言われました。指示通りにその年賀状は郵便局に持ち帰り、職員の方に配達をお願いしたのですが、宛名は同級生の女の子のお家でとてもびっくりしたことを覚えています。

 99年から01年ぐらいにかけて僕の地元は薬物汚染で深刻でした。薬物をさばいていたのは半グレの集団で、あまり頭がよくない人たちの集まりだったので、イキって交番を襲撃しその報復でブチギレたお巡りさんたちの手によって一網打尽され、組織は軒並み壊滅しました。それと同時に反社会的勢力の人たちが自分のシマで暴れていた半グレの連中をシメて薬物汚染は終焉を迎えました。

 00年台中頃に反社会的勢力への強い罰則を規定した法が整備されたのは、ある程度の年齢の人間なら記憶に新しいかと思います。反社会的勢力に車を売ってはならない。彼らと会食してはいけないなど、罰則を破るとそこそこ大きな制裁があったりします。詳しいことはググっていただきたい。

 ただ反社会的勢力の人たちも決して馬鹿ではないので、どうにかして生き残るための方法を取っています。かの有名な石井隆匡氏がそうしていたように、現代では反社会的勢力の人たちも合法的に会社を経営していることが多いです。

 特に地方に行けば行くほどに、反社会的勢力は生活に根付いていて、もう分離することもできないぐらいにズブズブになっていることがあります。

 僕がゴリラの巣に入って数年してから異動したある地域では、その地域で大きな設備業がフロント企業となっていました。反社会的勢力追放運動がめちゃくちゃ盛んな時期だったのと、なにかあったら死ぬのは僕なので取引したくないと言うたのですが、上司たちは「その企業には調査でカタギの人たちしかいないから大丈夫だよ」と桜花を押し付ける技術者みたいなことを彼らは言いました。最高に殺してえ。出撃するのは俺なんや。お前らじゃない俺や。

 きっと色んなMSをたくさん作っていたジオンの兵士の人たちも同じような気持ちになったのだと僕は思いました。まともなリックドムに乗りたい。

「まあ、なんかあったら、県警の◯◯さんがすぐ来てくれるし、決められた時間で帰って来なかったら警察に連絡するから」

 あ~おかしい、ゴリラの巣の人間はお前が死んだら仇を取ってやるからな、という前提で話を始める。ここにはバナナとお金が大好きなウホウホしかいない……。

 主担当であるセールスは「シックスさん、めちゃくちゃ楽しみになってきましたね」と言いはじめているし、だめだ……まともなやつは俺しかいない。何かあったら後輩のセールスを置き去りにしてでも僕は逃げようと誓いました。

 僕たちが商談に訪れたフロント企業は訪問前に一回電話。社屋の下についたら電話というプロセスを経る必要がありました。ここまで厳重な承認プロセスがあった訪問先は原子力関係ぐらいしかありません。Fate/zero衛宮切嗣が遠坂邸にタンクローリーを打ち込んで破壊を考えていましたが、その対策なのか敷地内に入るためには車よけを外してもらう必要があり、また、詳細はここに書くことができないのですが、さまざまなカチコミ防止プロセス、衛宮切嗣対策があって、反社会的勢力の人たちは衛宮切嗣寄りの考え方するもんな、と妙に納得した記憶があります。商談は無事に成功してそれなりのお金がゴリラの巣に流れ込みました。

 このまま終わればハッピーエンドなのですが、現実はそう上手く幕が閉じることはまれで、急いでシステムを構築したため大きな問題が起こりました。問題が起こると出てくるのが反社会的勢力の人たちで、金のネックレスをジャラジャラ身につけた偉い人が「お前のところで買ったんやから、これどうにかせんといかんやろ?」と劇詰めしてくるわけです。最高に胃が痛くなって、ベトベトした汗が額から溢れます。

 二週間ぐらい毎日のようにフロント企業へと足を運びその都度、詰められました。勿論、上司はあっさり逃げてしまったのと、僕がプロジェクトの中で一番年齢が高かったこともあって、矢面に立つ必要がありました。明確に脅迫されたわけではないので県警の人に相談しても「う~ん、これじゃあ動けないんだよね~」と言われました。

あ~曇る。心がどんどんどす黒い霧が立ち込めていく~。ホンマにクソ過ぎる。誰も信じられん。

 とにかく問題を沈静化させるためにはこちらの言い分を落ち着いて聞いてもらうため、相手と信頼関係を構築することを重視しました。反社会的勢力の人たちも人間なので妻がいて娘がいて、孫がいたりします。

 ここらへんは人によって攻略方法が異なるんでしょうけど、僕の場合まず奥さんと娘と仲良くなることにしました。どんなにヤバい人でも外堀通りから埋めていけば、だいたいいい印象を持ってくれるものです。幸いにして僕は祖母がめちゃくちゃすごいお喋りウーマンだったので、世間全般でいう大変なおばちゃんに対しては耐性がありました。惑星ベジータサイヤ人の相手をしてきて地球にやってきたようなものなので、反社会的勢力の女性でもさほど問題はありません。とにかく美味しいケーキ屋の話、コンビニで変えるスイーツの話など食べ物話で良好な関係を築きます。食べ物の話は主義主張にあまり関係なく、万が一ヤバいボールを投げたとしても死ぬリスクが少ないことで知られています。良好な関係を構築していくと、人も怒りをぶつけ難くなり振り上げた拳をなかなか下ろしにくくなります。それはカタギも反社会的勢力も変わりません。具体的なマイルストーンを提示し、こちらもできる範囲で誠意を尽くすこと、また譲歩できないラインを越えてしまった場合、法務部案件になり、お巡りさんが出てくることを伝えます。

 僕らもビジネスをしているので、それは望ましいものではないと感情を持って喋ります。大切なことは僕とあなたは運命共同体で、目指すべき方向性が違っていても、お互いに利害を一致させて平和的な解決ができるのだと頑張って説明をします。というか頑張って説明をしないと、僕が物理的に死ぬので頑張らない選択肢はありません。最後にはなんか高級な弁当を取ってもらい、反社会的勢力の人たちと一緒にF-1のハミルトンについて語り合うというよくわからないクレーム対応を終えました。勿論、ごはんの味なんてわかりません。とにかく烏龍茶でご飯を流し込みガハハハと笑って過ごしました。

最高に死にたい案件がどうにかクローズし、会社の偉い人たちにも案件がすべて解決したことを報告して久しぶりに晴れ晴れとした気持ちになりました。ビルの窓からの眺めがすげー綺麗だったことを覚えています。ああ、やっとすべて解決して僕の手のひらから離れたんや。最高、と思っていると後輩の女の子が僕に相談したいことがあると言うてきました。案件がひとつクローズしたこともあって、気分余裕があるので悩みぐらい相談してあげてもええやんと僕は思っていました。銀座ライオンにやってきて奢りでごはんを食べながら話を始めました。後輩はご飯に手を付けずいいました。

「シックスさん、あたし社内で不倫しちゃっていて、どうすればいいでしょうか?」

 あ~曇る~なんでみんな美味しいごはんをみんな美味しくなくさせるや……は~死~。ホンマになんで人類は面倒事ばかり僕に持ってくるや……。

ホメオパシー黙示録

みなさんゴールデンウィークどのように過ごしたでしょうか?

僕は地元に帰って昔の友人と酒を飲んだり、元カノのお家にご飯を招待されたり、祖母宅に言って「結婚まだなのか?」と詰められたりしました。アムロ・レイギュネイ・ガスを撃墜するぐらいの気軽さで老人は結婚まだなのかと聞いてきます。控えめに言って死にたい。俺もギュネイみてえに爆散してえ。最高に死にてえ。

昔の友人に会ったらホスト狂いしていたり、パチンコにお金を注ぎ込むマンになっていたり、アムウェイの伝道者になっていたり、みなさんも色んなことを経験したことがあると思います。反ニューク、反ワクチンに闇落ちした友人が僕にもいます。アベやめろーと太鼓を叩いているような芳ばしい人たちもいます。

このゴールデンウィーク中学生の頃、仲がよかった友人たちの飲みに顔を出したら、僕の元友人からついにホメオパシーウーマンが誕生してしまいました。え、デビルサマナーの合体事故ってソフト使わなきゃ起こらないじゃん……。なんで、現実はこんなことが簡単に起こってしまうんや……。

いきなり彼女を全否定するわけにもいかず、話を聞いていたのですが、やはり芳ばしい人たち特有の「みんな騙されている」とネトウヨコンテンツで真実の歴史を知ってしまった、ミリオタ高校生みたいにぐいぐいとホメオパシーについて彼女は語りました。

きっと産後に誰か寄り添ってくれた人が本当によくない人だったんだとは思うんですよ。でもそんな事情僕たちにはまったく関係ありません。波動が云々とか、宇宙戦艦ヤマトのエンジンみたいな話をしていたような気がします。アルコールでベロベロに酔っている筈なのに、急に酔いが覚めていくこの感覚。かつて親しかった友が誤った道へと進んでしまった感じです。

例えるならベトナム戦争で一緒に戦闘機から脱出して、怪我した自分をかばってベトナムのジャングルを逃げ回った元戦友が汚職をやっていた人のような気持ちになりました。

あ~濁る~。親しかった人が闇落ちしてくの限界過ぎる。他に話を聞いていた人たちも同じ気持ちなのか、チベットスナギツネみたいな虚無の表情を浮かべていました。すごいな人間。あまりに感情が喪失するとあんなふうになるんだと僕は思いました。おしぼりをぎゅうぎゅうと絞っているマン、髪の毛を指でくるくるしてるウーマンなど多種多様です。

飲み会が始まった頃はあんなに楽しかったのに、ホメオパシークイーンが混じりこんで、変な教義を伝え始めたがばかりに、こんな、こんな砂を噛むような会になってしまった。みんなは必死になって「ホメオパシーって間違っているよ」と伝えます。そりゃそうだ。僕以外はみんな結婚していて、子供がいてホメオパシークイーンにだって子供がいるのだから。でも、みんなが必死に訴えるほどにホメオパシークイーンは意固地になっていきます。僕はずっと黙っていました。なんか飛び火するの怖いじゃん。ですが、みんな何かしら反対意見を言うてるなかで、「お前だけ善人ぶろうとするのは卑怯やぞ」男友達に言われました。しゃーない。言うしかないんや。

ホメオパシーってさ、ナチスがあれだけ人体実験したのにだめって判断したじゃん? 科学的根拠まったくないのに何で信じてるの?」

 僕の言葉がトドメになったのかわかりませんが、ホメオパシークイーンは「もう帰る」と言い残し戻ってきませんでした。お前……会費払って行けやという気持ちになったのは言うまでもありません。

でもホメオパシークイーンにだっていい時代があったんです。同じ班になった連中と遊び歩いたこともあります。なかでも一番思い出深いのは中学三年生の卒業式を前日のこと、僕の地方は机や椅子の高さが可変式で、彼女が工具の扱いに困っていました。僕は自分の作業が終わっていたので、彼女の仕事を手伝ってあげました。作業を終えて机と椅子を渡すと彼女はすごく良い笑顔で「シックスくんはいいお父さんになれると思う」って言ってくれたんです。ただそれだけ。彼女と付き合ったとか、男女の関係になったとかそういうことはありません。でも、彼女の優しく綺麗な表情を僕は覚えています。

 飲み会が終わって、なんともいえない微妙な空気の中、夜道を歩いていて僕はひとつの事実に気づきました。

「シックスくんいいお父さんになれると思う」って言われたけど俺結婚してねーじゃん。なんだ、あいつ昔から物事を見る目がなかったんだな。悲しい。

ゴリラ黙示録

ガンダムが好きな人はたぶん「全員がアムロ・レイみたいなエースになろう」という話はしないと思うけれど、ゴリラの巣ではみんながトップセールスになろう、と言う言葉を聞く。何かを売る仕事をやっていた人なら何度も聞いたことがある言葉だと思う。

僕がプリセールスをやっていた時に「全員がエースになろう」という言葉にうんざりしていた。エースになろうと旗振り役を務めるのはまあ、だいたいセールスとしての成績が優れていたゴリラたち。

 軍隊で士官とそれ以外がはっきり区別されているように、兵隊としての優秀さと全体のマネジメントを行う士官とは求められる能力が異なっている。個体として圧倒的な性能があるから、有象無象の集団を組織へとまとめ上げることができるかといえば否であり、山賊みたいなスーパー蛮族の集団だったりしたら、また違うのかもしれないけど一般社会では力があるだけで無条件に尊敬を得ることはできない。管理職として尊敬を集めるためには細かな仕事を計画して割り振る能力、いざという時に正面にでて責任をとってくれるだけの度量、人間的な魅力などが必要な要素であるように思う。

セールスの仕事でよくあることなのだけど、できる人たちは概ねできない人たちの気持ちがわからない。たぶん、できないということが想像の外にあるんだと思う。もしくは苦労してその地位に上り詰めたことで、変な補正がかかって努力を必要以上に美化しているのかもしれない。

 僕がかつて在籍していたメーカー系商社のゴリラの巣は、役職者になって適切なマネジメントができず、焦りからパワハラをして消えていくゴリラが多かった。そうしたゴリラたちがテンプレのように朝礼で「全員がエースになれば予算を達成できる」と言った。月末や四半期のチェックポイントが近づいてくると、会議室に予算未達の人間を集めて、「お前らやる気が足りてんのか?給与もらっていて申し訳ないと思わんのか?俺たちはプロやぞ?学生のアマチュアじゃねえんだ!そこらへんわかってんのか!?」とバンバン机を叩きながら、1時間単位の詰めを受けた。これでも一応、学生が入りたい企業ランキングに掲載されている企業なのに。怒り狂ったハルクみてえだと思った記憶がある。

 またゴリラたちはきらきらした再現性のない案件が大好きで、奇跡みたいな案件事例を見せて「お前らもこれに続け。わかってんのか?」とクソみたいな会議を開いた。

 もちろんまったく効果はなかった。僕がゴリラの巣を去る2年ほど前、ウィリアム・ハルゼーみたいなスーパーゴリラがやってきて、一時的にではあるのだけど全員の成績をあげた。理由はそのゴリラは本社に強いコネがあって、数字を出した人間の給与をあげたらからだ。スーパーゴリラがやって来てそれで全員が幸せになったわけではないし、役職を得てそのあと人生が転落してしまった人もいるけれど、雑な標語と詰めで得られなかった成果を出したのは、やっぱり目に見えてわかりやすい魅力的なエサだった。そのスーパーゴリラはできる人間でありながら、自分の才能は人には真似できないものとわかっていて、そのうえで狡く予算達成できそうな商材を選んで、それを部下に徹底させた。人間的には女性にだらしなく、酒にだらしなく、痛風でどうしようもない屑だったけれど、わかりやすい目標を提示することができる人だった。ふわっとした目標に突き進む若い人たちを見るたびに、わかりやすい目標を設定して、それを目指した方が人間は頑張れると思うよと言いたくなる。

ウィーアーハピネス

 90年代後半から00年代初頭にかけて、僕の地元では違法薬物売る人たちが大勢いた。
駅前の夜道とか、寂れた公園でこっそりとお薬を売る半グレの集団がいて、僕が通っていた高校でも薬物汚染があり、信じれられない話だろうけど高校三年生の三学期に退学となったそれなりに連中がいた。中にはガリガリに痩せているのも関わらず、「安全なんだぜ」と言いながら薬を見せつけたやつがいた。救いようがないぐらい馬鹿な連中で発注済みの卒業アルバムに急遽白いシールが貼られたことを覚えている。
隠しキャラみてえだと思った。印刷してしまったから、そうするしかないのだけど、印刷会社の人はさぞ苦労しただろうな、という感想を抱いたのと同時に、薬物汚染とはこれほど深刻にコミュニティへと入り込んでいくのだということを学んだ気がする。
 
 ある日のこと、さまざまな連中に顔が利くY君に「実入りのいいバイトがあるから」と誘われあるアパートに行ったら、マジックマッシュルームを育てている人たちと会った。あの当時はまだマジックマッシュルームが違法薬物に認定されておらず、半グレの集団である彼らがヤクザや暴力団に目をつけられず、実入りのいいお金を手っ取り早く稼ぐことができる手段だったのだろう。マジックマッシュルームを育てている人たちは僕らと同じように、ごく普通の人たちだった。だが、やっぱり薬を育てているやつはもともじゃなかった。生産者が出荷物である、違法薬物をキメるという話は、あまり聞かないがその場の責任者であると自称する男はこう行った。
「シックスくん。このキノコはね〜すごくいい気分になれるんだ」と僕の目の前でマジックマッシュルームを摂取し、「こんなに安全!」をハピネスアピールして見せたが、ぜんぜん安全そうに見えなかった。男はこんなにキモい表情ができるのかと思った記憶がある。あまりにドン引きした僕はその場で断り家に帰った。
 
 しばらくして彼らのマジックマッシュルームの工房はアリの手によって甚大な被害を被り、商売が立ち行かなくなり解散したという話をY君から聞いた。法規制される前のことだ。それが彼らにとってよかったのか、悪かったのか僕にはわからない。
 僕が高校を卒業した年、県警が本腰を入れて検挙し、違法薬物を売る半グレ集団は軒並み壊滅した。でも、薬物で人生が壊れてしまった連中はもうどうにもならない。彼らはどうしているだろうと時々思う。
 大麻賛成派の連中は薬物で人生が終わった人たちを見たことがないのだろう。ピュア過ぎてまぶしい。