飛翔

 みんなは夜逃げを目撃したことがあるだろうか? 僕は何度かある。お仕事とプライベートで複数回目撃した。人生で初めて夜逃げを見たのは就職して2年目か3年目ぐらいだったと思う。

 翌日の商談を入れて朝一番で顧客が入っているビルに行ったら、ドアが開いていてフロアのど真ん中に「ごめんなさい」の張り紙が添付されたうちの機械がぽつんと置かれていた。初めて見る光景にぽかんとしていると、パートのおばちゃんがやってきて、感情を受け止めることができず、僕らがその場に立っていると、債権者と思しきおじさんたちがきてドアを蹴り飛ばしながらマジギレするのを目撃した。

「あの野郎逃げやがった!」

 確かそんなことを債権者のおじさんが言っていたことを覚えている。何も知らずにその場にやって来た僕と、パートのおばちゃんは正直、状況が飲み込めず「どうすればいいんでしょうね?」と雑談をして別れた。当然、見込みが無くなったことで上司からは「お前、見込みが消えたことの意味わかってるのか?」

 と詰められた。ものすごく理不尽だと思ったし、上司ぶち殺してえと心から願った記憶がある。僕の会社が設置していた機械は債権者のおじさんたちが二人でハンドキャリーして奪い去っていってしまった。ものすごく急斜面の階段をよくも200キロ越えている機械を持っていくものだなあと感心してしまった。エレベーターなんてない物件なのに。プロのピ◯ノ運送の人たちでもあの機械を運ぶの苦労していたのになあ。絶対に借金を返済させるという強い人の可能性を感じた。

 夜逃げする会社は残置物を残していく会社と、ほとんど残さずに消える会社の2つのパターンがある。前者は経営陣だけが高飛びするパターンで、後者は従業員に知らせたうえで経営陣だけが高飛びするパターンだ。

 現代社会は住民票がないと選挙権や公共のサービスを受けることができないので、夜逃げをするメリットはかぎりなく少ない。債権者のおじさんたちのネットワークは強固で、ふとした情報で夜逃げした人たちを追い詰めてしまう。バカ息子のせいでモサドに逮捕されたアイヒマンのように。免許の更新のタイミングなどで捕まってしまう人もいる。でも、追い詰められてしまうと人間は判断力が鈍ってしまうのか、夜逃げを選んでしまう人が一定数存在している。

 もっとも自分はさっさと自己破産をして、連帯保証人が借金取りに激詰めされ自殺しても、気にせずに遊んでいる人もいる。人間は多種多様だ。思いつめて逃亡を選ぶ人もいれば、知人が死んでも我関せずと遊ぶ者もいる。どちらが正しいのか僕にはわからないし、ここでその是非について問うつもりもない。

 さて、話はが変わるが個人で破産したりして不動産を明け渡す場合は、残置物をめちゃくちゃある状態で引き渡されることが多い気がする。なぜはわからない。物に何か染み付いた記憶を捨て去りたいのかもしれない。

 これはあくまでも僕の主観なので違うかもしれないけれど、廃村やダムに沈む村などに見られる現象と似ているのかもしれない。彼らは大切な思い出の品を置いていく。結婚式の記念品や、子供の思い出の品だったり個人情報がたっぷり詰まった品を。かって存在していたであろう素晴らしき日々を想うと切なくなる。もっとも、そんな思い出の品も第三者立会いのもと、映像が公証人役場に届け出をされたのちに一定期間保管したあとに大部分は破棄される。これがスターダストメモリーなのかもしれない。