駆り立てるのは野心と欲望、横たわるは犬と豚

 僕の地元は業界でも有名な反社会的勢力の本拠地がある地方です。はじめて反社会的勢力を意識したのは高校生の頃、ゆうメイトで年賀状を配達する時、31日に郵便局の人から説明を受けるのですが、「紋がはいった年賀状があったら、それは反社会的勢力のお家のもので、誤配送すると大変なことになるから持ち帰ってきてね」と言われました。指示通りにその年賀状は郵便局に持ち帰り、職員の方に配達をお願いしたのですが、宛名は同級生の女の子のお家でとてもびっくりしたことを覚えています。

 99年から01年ぐらいにかけて僕の地元は薬物汚染で深刻でした。薬物をさばいていたのは半グレの集団で、あまり頭がよくない人たちの集まりだったので、イキって交番を襲撃しその報復でブチギレたお巡りさんたちの手によって一網打尽され、組織は軒並み壊滅しました。それと同時に反社会的勢力の人たちが自分のシマで暴れていた半グレの連中をシメて薬物汚染は終焉を迎えました。

 00年台中頃に反社会的勢力への強い罰則を規定した法が整備されたのは、ある程度の年齢の人間なら記憶に新しいかと思います。反社会的勢力に車を売ってはならない。彼らと会食してはいけないなど、罰則を破るとそこそこ大きな制裁があったりします。詳しいことはググっていただきたい。

 ただ反社会的勢力の人たちも決して馬鹿ではないので、どうにかして生き残るための方法を取っています。かの有名な石井隆匡氏がそうしていたように、現代では反社会的勢力の人たちも合法的に会社を経営していることが多いです。

 特に地方に行けば行くほどに、反社会的勢力は生活に根付いていて、もう分離することもできないぐらいにズブズブになっていることがあります。

 僕がゴリラの巣に入って数年してから異動したある地域では、その地域で大きな設備業がフロント企業となっていました。反社会的勢力追放運動がめちゃくちゃ盛んな時期だったのと、なにかあったら死ぬのは僕なので取引したくないと言うたのですが、上司たちは「その企業には調査でカタギの人たちしかいないから大丈夫だよ」と桜花を押し付ける技術者みたいなことを彼らは言いました。最高に殺してえ。出撃するのは俺なんや。お前らじゃない俺や。

 きっと色んなMSをたくさん作っていたジオンの兵士の人たちも同じような気持ちになったのだと僕は思いました。まともなリックドムに乗りたい。

「まあ、なんかあったら、県警の◯◯さんがすぐ来てくれるし、決められた時間で帰って来なかったら警察に連絡するから」

 あ~おかしい、ゴリラの巣の人間はお前が死んだら仇を取ってやるからな、という前提で話を始める。ここにはバナナとお金が大好きなウホウホしかいない……。

 主担当であるセールスは「シックスさん、めちゃくちゃ楽しみになってきましたね」と言いはじめているし、だめだ……まともなやつは俺しかいない。何かあったら後輩のセールスを置き去りにしてでも僕は逃げようと誓いました。

 僕たちが商談に訪れたフロント企業は訪問前に一回電話。社屋の下についたら電話というプロセスを経る必要がありました。ここまで厳重な承認プロセスがあった訪問先は原子力関係ぐらいしかありません。Fate/zero衛宮切嗣が遠坂邸にタンクローリーを打ち込んで破壊を考えていましたが、その対策なのか敷地内に入るためには車よけを外してもらう必要があり、また、詳細はここに書くことができないのですが、さまざまなカチコミ防止プロセス、衛宮切嗣対策があって、反社会的勢力の人たちは衛宮切嗣寄りの考え方するもんな、と妙に納得した記憶があります。商談は無事に成功してそれなりのお金がゴリラの巣に流れ込みました。

 このまま終わればハッピーエンドなのですが、現実はそう上手く幕が閉じることはまれで、急いでシステムを構築したため大きな問題が起こりました。問題が起こると出てくるのが反社会的勢力の人たちで、金のネックレスをジャラジャラ身につけた偉い人が「お前のところで買ったんやから、これどうにかせんといかんやろ?」と劇詰めしてくるわけです。最高に胃が痛くなって、ベトベトした汗が額から溢れます。

 二週間ぐらい毎日のようにフロント企業へと足を運びその都度、詰められました。勿論、上司はあっさり逃げてしまったのと、僕がプロジェクトの中で一番年齢が高かったこともあって、矢面に立つ必要がありました。明確に脅迫されたわけではないので県警の人に相談しても「う~ん、これじゃあ動けないんだよね~」と言われました。

あ~曇る。心がどんどんどす黒い霧が立ち込めていく~。ホンマにクソ過ぎる。誰も信じられん。

 とにかく問題を沈静化させるためにはこちらの言い分を落ち着いて聞いてもらうため、相手と信頼関係を構築することを重視しました。反社会的勢力の人たちも人間なので妻がいて娘がいて、孫がいたりします。

 ここらへんは人によって攻略方法が異なるんでしょうけど、僕の場合まず奥さんと娘と仲良くなることにしました。どんなにヤバい人でも外堀通りから埋めていけば、だいたいいい印象を持ってくれるものです。幸いにして僕は祖母がめちゃくちゃすごいお喋りウーマンだったので、世間全般でいう大変なおばちゃんに対しては耐性がありました。惑星ベジータサイヤ人の相手をしてきて地球にやってきたようなものなので、反社会的勢力の女性でもさほど問題はありません。とにかく美味しいケーキ屋の話、コンビニで変えるスイーツの話など食べ物話で良好な関係を築きます。食べ物の話は主義主張にあまり関係なく、万が一ヤバいボールを投げたとしても死ぬリスクが少ないことで知られています。良好な関係を構築していくと、人も怒りをぶつけ難くなり振り上げた拳をなかなか下ろしにくくなります。それはカタギも反社会的勢力も変わりません。具体的なマイルストーンを提示し、こちらもできる範囲で誠意を尽くすこと、また譲歩できないラインを越えてしまった場合、法務部案件になり、お巡りさんが出てくることを伝えます。

 僕らもビジネスをしているので、それは望ましいものではないと感情を持って喋ります。大切なことは僕とあなたは運命共同体で、目指すべき方向性が違っていても、お互いに利害を一致させて平和的な解決ができるのだと頑張って説明をします。というか頑張って説明をしないと、僕が物理的に死ぬので頑張らない選択肢はありません。最後にはなんか高級な弁当を取ってもらい、反社会的勢力の人たちと一緒にF-1のハミルトンについて語り合うというよくわからないクレーム対応を終えました。勿論、ごはんの味なんてわかりません。とにかく烏龍茶でご飯を流し込みガハハハと笑って過ごしました。

最高に死にたい案件がどうにかクローズし、会社の偉い人たちにも案件がすべて解決したことを報告して久しぶりに晴れ晴れとした気持ちになりました。ビルの窓からの眺めがすげー綺麗だったことを覚えています。ああ、やっとすべて解決して僕の手のひらから離れたんや。最高、と思っていると後輩の女の子が僕に相談したいことがあると言うてきました。案件がひとつクローズしたこともあって、気分余裕があるので悩みぐらい相談してあげてもええやんと僕は思っていました。銀座ライオンにやってきて奢りでごはんを食べながら話を始めました。後輩はご飯に手を付けずいいました。

「シックスさん、あたし社内で不倫しちゃっていて、どうすればいいでしょうか?」

 あ~曇る~なんでみんな美味しいごはんをみんな美味しくなくさせるや……は~死~。ホンマになんで人類は面倒事ばかり僕に持ってくるや……。